今日も人は波を往く。

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「…ごほっ、ごほっ」  淀んだ色の空を眺めていると、発作から苦しげに咳込む。外は巨大な冷房を掛けていると錯覚してしまうほどに、漂う空気が冷たく感じられる。  視界の端に、一羽の鳥を見つける。紙飛行機よりも白いそれを必死に追うが、彼女を嘲笑うがごとく、次第に曇天へ紛れていった。  視線はやがて、自身の手元へと移っていく。もはや見慣れた、けれどもいつ視ても顔をしかめずにはいられない手。  血が通っているのか疑問を抱くほどに薄い色彩を、先程の鳥といい勝負、と自嘲しながら手を天井の明かりに翳す。 「…羨ましい」  誰に向けるわけでもなく、そう呟く。羨望か、或いは嫉妬か。いずれにせよこの心は、密かに羽を持つものへ強い感心を抱かずにはいられなかった。 ──あの雲と鳥のように、わたしのからだとこころはひとつには融け合えず、他者と同じ歩幅で歩く(翔ぶ)ことは叶わず。 ──故に、私は。この四角い籠の中で、息を潜めながら、やがて眠るように息を引き取るのだ。
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