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エルドレッドにケーキを奢ってもらって、神殿の近くまで送ってもらって。
別れる最後まで、エルドレッドの周りは華やかだった。人々の憧れの目と、黄色い声と、称賛と……。
(人気者、ってああいうことなんだなぁ……)
天の御柱様の知名度を上げる参考になっ……てはいない気がする。
さておき、今はそれよりも、だ。
「――アシタル様」
ガチャン……。ガチャン……。
背後からゆっくり迫って来る――鎧の足音。
「いや、えーと、アハハ……」
アシタルが首を軋ませながら振り返れば、そこにはアンデッドの彷徨う鎧……ではなく、神聖騎士ローランドが立っていた。
「お洗濯をそのままにして……今までいったいどちらにおられたのでしょう……?」
すごい、フルフェイスの兜なのに「ニコ……」という擬音が聞こえる。でも多分、目が笑っていない……。
「よもや、よもやですが、おサボりあそばされていた……など?」
「いえっ! おサボり申し上げてなど! これにはのっぴきならない事情がですねッ!」
「……というと?」
「話すと長くなるんですが、えーと――」
アシタルは事情を話した。
ハンカチが飛んでいってしまったこと、それを拾いに行ったら次期領主エルドレッドと遭遇し、お茶に誘われたこと……。
「エルドレッド様と? それは……なるほど」
アシタルよりシリウスフォール暮らしの長いローランドは、エルドレッドのことを既に知っているようだ。
「アシタル様……何か妙なことはされませんでしたか?」
エルドレッドは遊び人の伊達男。アシタルは田舎から来たうら若き生娘。なにか悪い遊びをされていないか、その辺りが心配なのだろう。
「なんだかローランドさんって……お母さんみたいですね!」
アシタルは心配性な彼に対して微笑ましい気持ちになって、そう言った。
次の瞬間、アシタルの頭を大きなフル防具ハンドがむんずと掴む。
「貴方みたいな子を産んだ覚えはありませんよ! フンヌッ!」
「うわああああごめんさいごめんさいあいたたたたたた握力がつよい」
拷問器具、頭蓋骨粉砕器が脳裏を過るアシタルであった。
「ひい……頭蓋骨が粉々になるかと思った……」
解放されれば、頭をさすりながらアシタルは肩を竦めた。何にしても、洗濯物をほったらかしにして無断で出歩いてしまったことは反省である。
「あ! そうだお洗濯の続きしないと……」
「わたくしがやっておきましたよ、アシタル様」
溜め息のようにローランドが言う。重ね重ね、この生真面目な騎士には頭が上がらない。
「ううっ……本当に、すいません……」
と、モルトゥが羽をぱたぱたさせてアシタルのもとへやって来る。
『もう、アシタル! どこいってたの! 大変だったんだから』
なんでも、一人……一匹? で洗濯物をがんばろうとしたモルトゥだったが、その小さな体で上手くはずがなく……シーツに絡まって動けなくなっていたところを、ローランドに救われたらしい。
きゅーきゅー。モルトゥのアシタルへの抗議の声を聞いて、ローランドは「やれやれ」といった様子だ。アシタルは身を小さくする。
「いごきをつけます……」
「お互いがんばっていきましょうね。……さて、アシタル様。ちょうど帰られてよかった。バート様がお見えでして」
「バートさんが?」
「先日のお礼をしたいそうですよ」
「お礼……?」
「とても感謝されておられましたしね。こういうものは、快く受け取るべきかと」
こちらへ、とローランドが歩き出した。
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