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――差し出された小箱に入っていたのは、シリウスフォール固有種の、星の形をした花――流星花を模した、アンティークシルバーの髪飾りだった。
「……え。え!?」
挨拶もそこそこにバートから差し出された贈り物。アシタルは仰天して、細工師と髪飾りとを見比べた。
「ささやかですが、先日のお礼です。本当に……ありがとうございました」
気に入って頂けるといいのですが、とバートははにかんだ。前に会った時より顔色がいいのは、それだけあの時は精神的に参っていたからだろう。
……目の下のクマは、相変わらずベッタリとこびりついているが。
「……いいんですか!? こんな……凄い……素敵な……」
話によると、バートは領主お抱えなほどの腕利き細工師とのことだ。普通に購入となるとアシタルのお財布が消し飛びそうである。それほどまでに銀の星の花飾りは、繊細で美しかった。語彙もなくなる。
「す……すご……すご……」
「喜んで頂けたのならば何よりです、作った甲斐がありました……凄く気分が乗っちゃって、気が付いたら太陽が沈んで昇って沈んで昇って、いやでもそれぐらいしないとね、感謝はきちんと表さないといけないので……削った寿命の分、精一杯の命を吹き込みました」
(この人、『重い』なぁっ……!)
いや良い人なんだけども。やっぱり職人とか芸術家ってどこかしらルナティックなんだろうか……などアシタルは思いつつ。
「……つけてもいいんですか? 本当に?」
「ええ、もちろんです。その為に作ったので……あっでもお気に召さなかったら焼却処分して灰を豚小屋に撒いて頂いても大丈夫なので! それはもう! 豚小屋! ついでに私も切腹しますのでお気になさらず!」
「いやお気になしまくるやつですねそれ!」
落ち着いて下さいね! となだめつつ。アシタルは美麗な髪飾りにちょっとドキドキしながらそれを身につけた。
「おお、お似合いですよアシタル様」
『きゅ!』
側で見守っていたローランドが感心した様子で頷き、モルトゥが気を利かせて手鏡をくわえて持ってきてくれた。
アシタルが鏡を見やれば、その髪に銀色の花が咲いている。
「わ、あ……! 私、流星花が大好きなんです!」
シリウスフォールのシンボルにもなっており、神殿の庭にも咲いている花だ。
小さく真っ白な花がたくさん咲けば、天の川のようになる。鼻を寄せればほんのり甘い香りがするところも、アシタルは好きだった。
アシタルにとって、洒落た髪飾りをつけるなんてほぼ初めてのような状況だった。
元いた田舎の村では着飾る機会なんてなかったし、上京してからは神殿暮らしも相まって質素に暮らしていたし。
嬉しそうなアシタルの様子に、バートは照れ臭そうにしながらも柔らかく微笑む。
「本当に、ありがとうございました。おかげで納期通りに作品を仕上げられたので……領主様の前で焼身自殺せずに済みました」
「命大事にして下さいねッ。……あ、やっぱり領主様に献上する作品だったんですね。さっきちょうどエルドレッド様とお会いして、お聞きしました」
「あれだけは一日でも早く領主様にお届けしたかったものですから……というかエルドレッド坊っちゃん、またお外を遊び回っていたんですね……」
バートは苦笑を浮かべた。
「領主様とお会いした時に、ちょうどエルドレッド様の話題になったのですよ。……いやあ、子を持つ父親とは大変そうですねぇ。大変そうな話をしておられたので」
その言葉に、アシタルは先程のエルドレッドとの邂逅を思い出していた。
(『オヤジには俺のことなんて分からないよ』、か……)
どうにもエルドレッドとその父親はうまくいっていないらしい。
アシタルのその表情を察したか、バートは「ここだけの話ですが」と言葉を紡ぐ。
「領主様、どうも息子さんとうまくいってないみたいで……そのことでずっと悩んでおられるそうですよ。すれ違っちゃうというか、距離感が分からないというか……エルドレッド様も反抗期なんですかねぇ。やんごとない人もなるんですねぇ、反抗期」
「反抗期……確かに、エルドレッド様も父親を……領主様をどうにも苦手にしているようなことを仰ってました」
「人間関係って難しいですよね……はい……私もよく『重い』とか『鬱陶しい』とか『付き合いきれない』とか『黙って細工師業だけしてればいいのに』とか言われますからハハハ……」
自虐の渇いた笑みを浮かべるバート。
(まあ、確かにエキセントリックではあるけども……!)
それでもバートは悪意的な人ではないとアシタルは感じる。
ある種、心をそのままに他者と向き合うタイプなのだろう。ちょっと剥き出し過ぎて他の者には理解されないことがあるのだろうが……。
(そう思うと……エルドレッド様とは真逆だなぁ……)
感覚的な話だが……アシタルには、エルドレッドが『遠い』と感じたのだ。
そんなことを考えつつ。
「父親、かぁ……」
アシタルは自分の父親のことを思い出していた。
上京してヒーラーになる為の勉強がしたいと言い出したアシタルに――
「料理中に指切って気絶するぐらい血が苦手なのに、やめておけ」
「命を預かる仕事なんだぞ、半端な気持ちで臨むんじゃない」
と、父親は猛反対をしたものだ。
そんな風に反対されたから、アシタルも反発心で上京を決意して、がんばって準備を進めて――結局、上京前日までギクシャクした関係になってしまって――
でも。
父親は上京前日に、アシタルにポンと金貨の詰まった重たい袋を渡してくれた。
「何かと金は要りようだろうから、持って行け」
「やるからにはがんばりなさい。……だけど、しんどくなったら帰ってきなさい」
父親はアシタルを応援してくれていた……こっそり、娘の為にお金を貯めておいてくれたのだ。
そこでようやっと、アシタルは「お父さんは私のこと何にも分かってない!」という気持ちから、「ずっと心配させちゃってたんだ」という気持ちになった。
今でも、父親とは定期的に手紙のやり取りをしている。実家からは仕送りが届く。
(お父さんもお母さんも、元気にしてるかなぁ……)
改めて、応援してくれている両親の為にもがんばろうと気を新たにしつつ。
そんなアシタルに、ふとローランドが言う。
「神様の手ならば、領主様とエルドレッド様の関係も直せるかもしれませんねぇ」
「えっ……そういう精神的なものは、どうなんだろう、どうなのモルトゥ?」
『うーん、君の腕が治せるのは、あくまでも物理的な傷と病気だけだから……心の傷や人間関係までは無理だね』
そっかあ、とアシタルは自分の右手を眺めつつ、モルトゥからの言葉をローランドに伝えた。
するとバートが、
「あ。でも肩こりには効きますよ。アシタルさんに治療して頂いたあの日、後から気付いたんですが、肩こりが完全に治ってたので」
「肩こりに効く……!? それは凄いですね」
まあわたくし肩こりしないんですけど、とローランドが頷く。
(この腕って肩こりにも効くんだ……)
アシタルはそっと自分の肩を右手でさするのであった。
ほどなくもすれば、バートが帰宅の素振りを見せる。
「さてと、私はそろそろ失礼しましょう。今後とも応援しております。……ひょっとしたら、いつか領主様も訪ねてこられるかもしれませんね! 肩こり治療とかで」
「あはは、まさかそんな」
そんな冗談にひとつ笑って、アシタルはバートを見送った。
さて、今日も元気にローランドと修行でも、とアシタルは彼に振り返り……かけた、その時だ。
軋んだ音を立てて、神殿の扉が開く。
アシタルは一瞬、バートが忘れ物か何かをして引き返してきたのかと思った、が、違った。
そこにいたのは、外套を羽織り、フードを目深に被った男だ。
彼は黙したままつかつかとやって来るではないか。
「……何か御用でしょうか?」
さりげなくアシタルを守るように立ちつつ、応対したのはローランドだ。
「……」
外套の男は何も言わず、アシタルとローランドとを見比べた。
そのまま……おもむろにフードを取り払う。鋭い眼光をした、初老も近い頃合いの紳士だ。
「あ――貴方は……!」
その姿を見るや、ローランドが驚愕の声を発する。
「領主様!?」
「えええ!?」
ローランドが続けた言葉に、アシタルも仰天する。質素なローブに身を包んだ紳士を二度見三度見した。
先程、バートが「いつか領主様が来られるかも」と言っていたが、さっきの今だ。まさかのまさかすぎた。
「静かに。……騒ぎにならないように忍びで来たのだから」
低く響く威厳のある声だ。アシタルもローランドも、二人揃って口を閉ざす。
領主は一間の後、二人に質問を投げかける。
「……フランシス司祭と話はできるか?」
「司祭ですか? まだ日が昇っておりますから……地下室におられるかと」
「そうか。感謝する」
ローランドにそう答えると、領主は慣れた足取りで神殿内へと足を進める。
領主その人を一人にするわけにもいかず――見たところ護衛も見受けられないので――ローランドがその後に続いた。アシタルもついつい、それに同行してしまう。
「……シリウスフォール守護神、天の御柱様が神殿の者と接触したようだな」
歩き始めて間もなく、領主が二人の疑問を見透かしたかのように言う。
「なんでも。……あらゆる傷病を治癒する神の腕を授かった、と」
「え、と……私、です」
アシタルがおそるおそる言うと、領主がわずかに振り返る。エルドレッドの父親とのことだが、その鷹のような目付きはまるで息子とは似ていなかった。威圧感のある眼差しに、アシタルの心臓が縮こまる。
「君が? ふむ。詳しい話はフランシス殿と共に」
「我輩と? オッケーオッケー」
地下室に向かう途中の、暗い階段でのことだった。
闇が蠢いたかと思うと、それが人の形になる――フランシス吸血鬼司祭だ。
「自室でだらだらしていたら、君の声が聞こえたのでね……ヴィクター君。ちなみに我輩は今起きたところだ。二度寝しようかと思ってた」
ふわ~っと欠伸しながら、寝癖のついた頭をガシガシ掻いているフランシス。
この人(吸血鬼だけど)、誰相手でも本当にブレないな……とアシタルは感心していた。
一方で領主――ヴィクターはそんなフランシスに慣れているらしい、片眉をわずかに持ち上げるのみだ。
と、司祭の眼差しがアシタルに向く。
「アシタル君、ローランド君と一緒にお茶でも淹れてきて」
「わ……分かりました」
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