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第三話:純粋な筋肉痛
「歌って踊れるヒーラー少女!」
「歌って踊れるヒーラー少女?」
次期領主エルドレッドが自信満々と告げた言葉を、アシタルはポカーンとしたまま繰り返した。
古き都市シリウスフォール、その古き歴史を物語る古き神殿、の、一室。
そこは今、エルドレッドによってプレゼンテーションの間になっていた。
「ミュージックは人類最古のエモーション! ダンスは老若男女問わずに突き刺さる! つまり歌って踊れば天の御柱様のPRにピッタリってわけよ!」
「なんだか良く分かんないですけどそこはかとなく凄そうですね!」
ばん! と卓上にアイデアをまとめた書類を並べるエルドレッドに、ぱちぱち拍手を送るアシタル。
「で、誰が歌って踊るんですか?」
――薄々嫌な予感はしていた。
そして、アシタルの予感は見事なまでに的中する。
「アシタルちゃん、君」
you、とエルドレッドがアシタルに人差し指を突き付ける。
「君をシリウスフォールのイメージキャラクターに抜擢してだね? 歌って踊ってもらってだね? 領地や天の御柱様の知名度向上にイメージアップ。どうだい完璧だろう? 完璧すぎてエルドレッド様は自分で自分が怖いでーす☆」
「り、理にかなっているように聞こえてしまうっ……! でも私みたいなフツーの田舎娘が歌って踊っても、誰も見向きしないんじゃ……地味そうですし……」
「心配ご無用、お姫様! 君のプロデューサーはこの俺! 君を歴史に残る伝説のプリマドンナにしてあげようとも!」
「はわわわわ」
「更に更にィ! 俺が調べたところによると、なんでもシリウスフォールでは月に一回、天の御柱様へ感謝を捧げるささやかな記念日的なものがあったことが発覚した。今では失われてしまったその風習を……甦らせる! そのセレモニーに合わせてバーーンとな、君の華々しきデビューをだな!」
エルドレッドはワクワクうきうきしながらあれやこれやと資料を見せてくる。かわいらしい舞台衣裳のスケッチとか、舞台演出のメモとか。
おそらく彼はかなりのお祭り野郎なのだろう。生来の人間好きが、病を治療したことで天元突破したのかもしれない。
アシタルとしても、天の御柱の力を取り戻すことにこんなにも熱心に協力してくれるのは、とても嬉しいしありがたい。
が。
ここには無視できない大きな大きな問題があったのだ。
「エルドレッド様、私、私――ダンスがド下手くそなんですッッ!!」
アシタルは運動が苦手だ。それでも『走る』『跳ぶ』ぐらいならまあ無難にできる。
だがしかし。ダンスや球技など『テクニック』が加わった途端、地獄の釜が開くのだ。
「……そんなこともあろうかと」
フッ、とエルドレッドは前髪をドヤ顔でかき上げながら笑った。
「君専属のダンスコーチを連れてきたぞ!」
「私専属のダンスコーチ?」
「コーチ、カモン!」
エルドレッドが意気揚々と部屋の外へ呼びかければ、部屋のドアがガチャリと開き。
――現れたのは、ローランドだ。
「……ローランドさん?」
「ローランドです」
ローランドだ。今日も今日とて全身フル鎧の。
え? この鎧(ひと)、踊れるの?
「あの……」
「ご安心下さいアシタル様……わたくし、幼少期は聖歌隊に所属しておりまして。儀式用の演舞とかもバリバリやっておりまして。白百合聖歌隊のサタデーナイトフィーバーとはわたくしのことです」
「白百合聖歌隊のサタデーナイトフィーバー!?」
「これまでアシタル様を鍛えてきた成果がついに発揮される時が来たのですね。ダンスレッスン、がんばりましょうね! わたくしがついてます! お歌のレッスンもお任せ下さい!」
「わ……わあ……」
治癒師許可証をついに手に入れて、これからもっとヒーラーとしてバリバリやってくぞー! ……と思っていた矢先、歌って踊ることになるなんて、一体誰が予想できただろうか。
「日程も抑えてある。衣装案もある。設営やらイベント進行やら宣伝やら資金やらは、ぜーんぶ俺に任せときな!」
エルドレッドが得意気に胸を張った。
「俺は俺で全力を尽くす。このシリウスフォールの為、そして君の為。……つまり! アシタルちゃん、君がすべきことは――ダンスと歌を完全にマスターすることだッ!」
「そうですよ、アシタル様! がんば!」
それはあまりにも突然すぎる提案で、そして、当然のように拒否権はないのであった。
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