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「――さあ、もう一度です!」
晴天、神殿の庭、ローランドの力強い声が響く。
「は、はひぃ……」
アシタルは全身汗びっしょりで、今にも穴という穴から血を噴き出して倒れ込みそうなグロッキー具合であった。
(なんだか、ローランドさんといる時って、いっつも肉体の限界を迎えてる気がするッ……!)
ダンスレッスンは熾烈を極めていた。
歌の方はまだ何とかなっているのだが、やはりアシタルの課題はダンスである。振り付けに集中しすぎて歌詞を飛ばすこともままあった。逆に歌に集中すれば、今度は振り付けを間違えてしまう。
「集中ですよ、アシタル様!」
「はひぃ……」
繰り返される踊りの練習に、アシタルの全身の筋肉が悲鳴を上げている。
しずしずとした舞ならばまだしも、今アシタルが練習しているのは明るい歌に合わせたポップでアクティブなものである。体力もガンガン消耗する。
「これも鍛練です! 丁寧にやっていきましょう! さあわたくしにあわせてもう一回!」
ヘロヘロのアシタルを叱咤激励しながら、ローランドはアシタルの正面で手本として踊ってくれる。
ちなみに彼はやっぱり金属鎧のフル装備である。こんなポップな振り付けを息を上げずにガッチャンガッチャン何度も踊るローランドの体力は化け物じみている。怖い。ひょっとしたら鎧の中身はないのかもしれない。
「……ローランドさんって、何でそんなに体力オバケなんですか?」
一通り練習して、ついに体力の限界から大の字に転がったアシタルは、やっぱりずっと元気はつらつなローランドに尋ねてみた。
「努力の賜物ですかね」
「そ……そですか……」
「アシタル様も、努力していけば強くなりますよ! 貴方のがんばりを、天の御柱様もきっと見守っておられますとも」
優しい声でそう言いながら、ローランドはアシタルに水筒を渡してくれた。アシタルは「ありがとうございます」と感謝も終わるやぐびぐびと一気に喉へ流し込んでいく――。
水分補給をすれば、天を仰ぐような体勢になる。そうすれば、折れた塔の姿をした神殿が見える。
ローランドも彼女の視線に気付いたようだ。同じくと、神殿を見上げる。
「屋上の壁の断面ですけれどね。一部分だけですが、綺麗になってるそうですよ」
「壁が戻ってきてるってことですか!?」
「そのようです。アシタル様のがんばりの成果、ちゃんと出ていますね! 素晴らしいことです!」
凄いことです、とローランドが褒めてくれる。彼は生真面目でスパルタで熱血だが、厳しくした分しっかり褒めてくれるのだ。
「うっ……優しさが染み入る……ローランドさん、ありがとうございますっ……!」
「いいえ。わたくしは、貴方のことが好きですから」
「ふぁい!?」
「はい?」
何か? という顔(見えないけど)でアシタルに首を傾げるローランド。
(あ、好きってラブじゃなくてライクの……)
アシタルは噎せ込んでゲホゲホしながら、ローランドの意図を理解した。一瞬メチャクチャ驚いたが。
エルドレッドの口説き倒し誉め殺しとはまた別の破壊力だった。無自覚系タラシも、自覚アリ系タラシも、タチが悪い……。
「わ、私もローランドさんが――」
ささやかな意趣返しをしてやろうかと、アシタルはいたずらっぽく笑んでローランドへ向き直る。
が。
「す……すす……、」
いや恥ずかしいなこれ。
アシタルの恋愛戦闘力はたったの5である。年齢=彼氏いないである。ぼぼぼ、と顔が恥ずかしさに赤くなる。
ローランドが「この人はなぜに赤面しておられるのか」と不思議そうに(そして鈍感に)見守る最中、なんとかアシタルが捻り出した言葉は。
「……すきな食べ物はナンデスカ……?」
「『私もローランドさんが好きな食べ物はなんですか』? ……文法メチャクチャですよ?」
「アッホントダー! ヤッチャッタナー! テヘペロー!」
「全くもう~。……わたくしの好きな食べ物はアップルパイですかね。カスタードクリーム入りの」
「あ、あーー。おいしいですもんね、アップルパイ! 私も好きですよ!」
よし! 好きって言えた! よし! オッケー!
ちょっと照れさせてやろうと思ったのに自分だけ致命傷なの本当に謎だな! ……と脳内でてんやわんやするアシタルの一方、ローランドはのほほんとしたまま、
「エルドレッド様ならば、おいしいアップルパイのお店を御存知でしょうねぇ」
「そ……ですねぇ! 今度、聞いてみましょうか」
「フランシス司祭にもお持ち帰りしてあげたいですね」
「そうですねー! 記念日の祭典が終われば、皆とパーッと!」
「……しからば引き続き、練習がんばりましょうね! さあ、休憩しながら歌詞の確認をしておきましょう」
ローランドが歌詞の書かれた紙を渡してくれる。
そこでようやっとアシタルも我に返る。ふう、と息を落ち着かせながら、その紙を手に取った。
手洗いうがいをしよう、朝ごはんをキチンと食べよう、睡眠をしっかりとろう、野菜を食べよう――などなどの、健康的な生活を推進する内容だ。子供にもキャッチーになるよう、歌詞はシンプルでポップである。
「こうすれば領民の健康志向も高まるし、そのことで病の者が減ればアシタルちゃんの仕事も楽になるだろう?」
とは、エルドレッドの談。
なおコンセプトは『癒しの小天使ちゃん』、コンセプトは『優しさと包容力とキュートさ』らしい。
「今シリウスフォールに必要なのはバブみ」「かわいいだけなど花拳繍腿、バブみこそが王者の技よ」とエルドレッドが意味不明なことを言っていた。
「…………」
黙々と歌詞を読み込むアシタル。
いつの間にやら、天の御柱の御遣いモルトゥも彼女の肩に留まり、一緒にきゅーきゅーと歌詞を読み上げている。
「……あの」
ここでふと冷静になるアシタル。
「私って……ヒーラーですよね? 無免許じゃなくて、正式な……」
「そうですよ? いやはや、許可証を頂けて良かったですね!」
「……最近、ヒーラーとして治癒活動を全ッ然していないような……!?」
「してるじゃないですか、御自身の筋肉痛に」
「あうううう……筋肉痛にまで神様の腕が作用するの本当に万能……」
「神殿所属のヒーラーの方々にも大好評ですもんね、『肩こりが治った!』『かかとのガサガサがつるつるに!』『大学に受かって彼女ができました!』って」
「一番最後の違いますよね!? ま、まあ、皆の役に立ててるなら本望なんですけどねっ……」
それに、怪我をした者がいないのは良いことだ。うん。
……『肩こり治しのアシタル』なんて異名が付かないことを切に祈るばかりである。
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