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「わーーーーーーーーっっ!!?」
アシタルは叫んで飛び起きた。
星が、星が本当に落ちてきた!
落ちてきて、自分を潰して……
「……私、生きて、る……?」
アシタルは自分の体をペタペタと触った。
傷はなく、痛みもない。
なんだ、夢か。
だとしたら……
「ここ、どこ……!?」
空の只中、雲の上のような場所だった。
おかしい、シリウスフォール郊外の丘の上にいたはずなのに。
「起きたかな?」
混乱するアシタルのすぐそばに、『それ』はいた。
羽衣のような衣服をまとった、神秘的な青年がしゃがみこんで、アシタルをじっと覗き込んでいたのだ。
白い髪、白い肌、中性的な顔立ちに、どこか古代文明を思わせる黄金の装飾。美しいが、人離れした気配がある。
「どうもー、『天の御柱』です。今日は名前だけでも覚えて帰ってもらおうと思って」
「いやそんな芸人みたいな!?」
へらりと笑う青年に、初対面だが思わずつっこんでしまうアシタル。からからと青年は悪びれない。
「つかみはバッチリかな? ごめんごめん、人間と会話するの久々で」
「人間と……? って、ていうかですね、『天の御柱』って……シリウスフォール守護神の」
「うん、そうだね。またの名を『天を支え、地を覆う、偉大なる旧き者』……さて、そんな僕が君とこうして出会った理由を話さないとね。時間もないし、どういうこと!? って思ってるだろうし」
ふわり、天の御柱なる神格は、アシタルの正面の中空に漂った。
「まず、今、君は死にかけてる」
「はい!?」
「『星落ち』に巻き込まれたろう」
「あ……はい……」
「うん、それで君の魂は君の体から抜けてしまった……ところを、こうして僕が神様としての力を使って、一時的に引き留めて接触してる」
「わ、わ、私、このまま死んじゃうんですか……!?」
「そうだね。だからこそ聞くけど、生き返りたい?」
天の御柱がアシタルをじっと見つめた。
アシタルは息を呑む。
――まだ夢を叶えられていない。
ヒーラーになれてない。
恋だってまだだし、上京を応援してくれた両親に親孝行もしていないし、それからそれから……とにかく、ここで死ぬわけにはいかない!
「生き返り……たいです、私……!」
「良かった。それから……ごめんね。星が落ちてしまったのは僕のせいなんだ。僕の神としての力が弱くなってるから……」
天の御柱とは、空を支える神であると彼は語った。
シリウスフォールは空から星が落ちてくる危険な場所で、地面は穴だらけの不毛な土地で、とても人間が住めるような所ではなかったという。
そこで天の御柱が、星が落ちてこないように空を支え、大地をなだらかにならして覆い、人間が住める場所にしたのだ。
天の御柱から語られたその話は、教会の人間が知っている程度の古い古い伝承と同じものだとアシタルは気付く。アシタルも古い本で読んだことがあった。
そんな現実との一致――なにより目の前の存在の悲しげな様子が、アシタルを真剣にさせた。
天の御柱が銀糸の睫に縁取られた目を伏せる。
「人間から捧げて貰える温かな想いこそが僕の糧なんだ。だけど……」
「天の御柱様の力が弱くなっている、ということは……人間からの感謝とか、尊敬とかが減っていたり……存在を忘れられてしまっていたり。そういうことですか」
「うん、情けない話だけどね。……そして僕の力が弱くなったことで、この地は再び、星が落ちるようになってきてしまっている」
「私に何かお手伝いできることはありますか?」
「……どうやら交渉はスムーズにいきそうだ」
天の御柱がにこりと笑んだ。
「ズバリ、君を死なせない代わりに、僕の力を取り戻すための活動をして欲しい。皆に僕を思い出してもらいつつ……温かい気持ち――君が言ったように『感謝』を集めて欲しいんだ」
「感謝を、集める」
「ささやかなものでいい。僕の力が戻るほどに、神殿はかつての姿を取り戻すだろう。天まで届いた暁には、天を支える柱として、この領地に星ひとつとて降らせないことを約束する」
「……あの神殿、やっぱり大きな塔だったんですね」
「落ちてきた星がぶつかって、折れてしまったけれどもね」
天の御柱の苦笑には、寂しげなものが滲んでいた。
人間が好きな、穏やかで優しい神様なんだな……とアシタルは印象を抱く。
さて、と天の御柱が話を続ける。
「君を死なせないために、僕の力の一端と、御遣いを君に授けよう。……手を出して」
天の御柱に言われた通り、アシタルは右手を差し出した。
神が彼女の手を握る。すると、不思議な力が――何か温かいものが、アシタルの中に流れ込んできた。
「君の右腕は、あらゆる傷病を拭い去ることができる――文字通り『神の腕』になった。君が触れれば、どんな致命傷や不治の病も、春風が吹くように消えてしまうだろう」
言いながら、天の御柱は足元の雲をひとつまみちぎると、掌の中でこねて――一匹の小動物を作り出す。
きゅー、と鳴くそれは、鱗の代わりにもこもこの銀毛で覆われた四つ足の子竜だった。
「この子はモルトゥと名付けよう。僕の遣いで、君が集めてくれる想いを僕に届ける発信機みたいなものでもあって、君のサポーターでもある」
「か、かわいい……」
「我ながらかわいいと思うよ! さ、モルトゥ、アシタルを頼むよ」
天の御柱がそう言うと、子竜――モルトゥはアシタルの肩に留まった。
「あのっ、天の御柱様、」
「ごめんアシタル、いよいよ時間切れが迫ってきた――君の魂を肉体に戻すよ。えーと、その、起きたら凄く痛いと思うけど、早速『右手』で治してみて!」
「え、えぇぇ!?」
「それじゃあ、アシタル――幸運を!」
暗転、再び。
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