74人が本棚に入れています
本棚に追加
アシタルの役割としては――
組み手や模擬戦などの訓練中にできる、打ち身や擦り傷などの治療がメイン。もちろん大きな負傷があればそれも治療対象だ。あとはまあ筋肉痛とか。
負傷や痛みの恐れがなくなるだけでも、新兵達は心置きなくがんばれるだろう。教官を務めるザカリーも「ビシバシしごけてハッピーライフだずぇえあ!」とヒャッハーしている。
もう一つの役割は――これはザカリーが直接は言わなかったことだが――記念日から『噂のあの子』になったアシタルが同行することで、野郎共の士気を上げることもあった。
さて、そんなアシタルだが。
「――し、死ぬ゛ッ……」
絶賛、半死半生だった。
シリウスフォール辺境。
青空の下、草原の上。
現在行われているのは行軍訓練。文字通り、隊列を組んで装備を担いで黙々と歩き続けるものである。
問題は……
「なん゛で私も゛!? 行軍訓練!!?」
アシタルも、荷物をいくつか持ってそれに加わっていることである。
(なんかっ、筋トレとかダンスレッスンとかっ、肉体労働ばっかりしてるようなっ……あれ!? 私ヒーラーだよねッッ!?)
最近、腹筋割れてきたし。いや、体力はおかげさまで大分とついてきたけれども。
それでもありふれた田舎娘に、行軍訓練はきつい。ヤバい。半死半生と言ったがアレは嘘だ。九死一生だ。九死一生だと意味が変わってくるけど実質九死一生だ。
「アシタル様、これも修行ですよ!」
そんなアシタルの隣には、いつものようにローランドがいる。護衛の名目でついてきてくれたのだ。
「きゅ!」
それからモルトゥも一緒。
「うう……モルトゥ、背中に乗せて……」
『きゅ!? サイズ的に無理だよぉ!』
「気合いで……なんとか……」
アシタルは自分でも何を言ってるのかふわふわしていた。
するとローランドが、
「ふむ……まあ、この訓練メニューは流石に婦女子には厳しいやも。モルトゥ様ではありませんが、わたくしの背に乗りますか?」
「お願いしま…… えっ? ローランドさん、モルトゥの言葉わかるんですか?」
確か前は、「きゅーきゅー」としか聞こえていなかったはず。
『ダンスレッスンした時に、ローランドは天の御柱様と接触したから。だから、僕の言葉もわかるようになったのかな?』
「そのようですね。パラディンとしては、神の御遣い様と言葉を通わせられることはとても誉れ高い気持ちですとも!」
ローランドは声を弾ませた。
ダンスレッスン。そう聞くと、アシタルはいろいろ思い出して遠い目をする。
「……あのダンスレッスンは大変でしたね……」
「そうですね……体感時間的にはものっすごく長い時間を……ぶっ通しで……」
「そもそもフランシス司祭にエナジードレインされるっていう」
「バンパイアの基本的な術ですね。手加減されたそうですが、アシタル様わりと死にかけてたらしいですよ」
「えええ初耳」
「アシタル様御自身の右手で体を触れさせることで事なきを得たそうです」
「ま、マジですか……」
「わたくしも、ええ、あんな問答無用で抵抗の余地もなくダウンしてしまうようなエナジードレインは……初めてでしたね……いやはや、修行が足りません」
「ほんとフランシス司祭って何者なんでしょうね」
「さあ……百年以上はシリウスフォールにいるみたいですが。尋ねても毎回説明が違いますし」
「ほんとそれ……いい人なのは確かなんですけどね」
「ですねぇ。さて、アシタル様、おんぶしますか?」
「……お願いします」
「ではどうぞ」
ローランドがしゃがんでくれる。「失礼します……」と疲労困憊のアシタルは素直にその背に身を預けた。
「うっ……鎧が固いっ」
「ミスリル製ですからねぇ……」
「出っ張ってるところが食い込みっ、あいたたたたた!! ぶえふ! 兜の房が顔に! 顔にもふぁって!! へぶ! 息ができなっっっファ」
「あーっごめんなさいあーっ下ろします下ろします」
わっちゃわちゃである。
というわけで、お姫様抱っこに落ち着いた。
……お姫様抱っこに落ち着いた。
(……!?)
抱えてもらってなんだが、アシタルは冷静になってから真顔になった。お姫様抱っこ。お姫様抱っこだこれ。たぶん人生初の。
ローランドの武装した逞しい両腕。こうして間近で見ると、彼の鍛え上げられた肉体を鎧越しに感じる。
そーっと見上げてみると、バイザーの下げられた兜が見える。隙間から、微かに表情が見える気が――整った鼻筋に引き結ばれた唇。清廉な雰囲気。暗がりの中、青い瞳がアシタルの方を向いたような――
「よぉ! イチャイチャしてんなぁ!!」
そこにニョッキリとザカリーが顔を出す。
「なっ。イチャイチャなんてしてませんよ兄さん!」
「お兄ちゃんはジェラシィイイイだぜぇえ!! バーニングヤキモチだぜぇえ!!」
ザカリーがローランドの背中をばすばす叩いている。鎧が叩かれるガインガインという音がする。
一方でアシタルは、急にザカリーがどーんと現れたので心臓が爆発するかと思っていた。
それから、ザカリーの顔をふっと見やる。ローランドの顔は部分的に、しかも一瞬しか見えなかったが、そこはかとな~くザカリーにパーツは似ている……ような気がしないでもない。
「あ。そーいえばよぉアシタル」
「はい?」
「お前、傷痕も治せたりすンのかぁ?」
興味本位、といった物言いでザカリーが尋ねる。
「はい、治せますよ。治したことがあります」
「へー、便利なもんだなぁ! じゃあちぎれた腕も生やせるってことか?」
「ちぎれ…… モルトゥ、どうなの?」
アシタルは、自分のお腹の上で一休みしているモルトゥを撫でながら問うた。
『欠損した部位だね。治せるよ! ただ……すごくすごーく、エネルギーを使うよ』
「なるほど……えと、ザカリーさん。欠損した部位の再生もできますが、かなり大がかりな治療になります」
「マジか! 神の腕ってのはハンパねーのなァ!!」
ザカリーはからからと笑った。
「アシタル! お前がいれば、シリウスフォールは安泰だなァ! 天の御柱様の力が戻れば、星落ちだってなくなるんだろぉ?」
「そうですね。……まだまだ、努力の途中ですけどっ」
「俺達の町を頼んだぜ? 金稼ぎと外敵排除は俺様に任せときなァ!!」
豪快に笑いながら、黒鎧の彼はアシタルの頭をワシャワシャと撫でた。
(……最初はビックリしたけど、いい人なんだなぁ)
自分の使命に真面目なところなんて、ローランドそっくりだ。
ザカリーが信頼を寄せてくれる分、これから数日がんばろう――アシタルはそう意気込むのであった。
「えっと……ローランドさん、私、もうちょっとだけ自力で歩きます!」
「お! その意気ですよ、アシタル様!」
「次ぃ疲れたら、このザカリー様が抱っこしてやるずぇえ!!」
ザカリーが豪快に言うので、アシタルは「大丈夫です!」と食い気味に被せるのであった。
――行軍訓練は続く。
最初のコメントを投稿しよう!