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「そう! あれは最後の晩餐だったのです!」
時間としては朝、なれど木々の繁る森の中はほんのりと暗い。
「『サバイバル技術、上げてこッ!』とかそんな簡単に言っちゃって大丈夫なんですかね!?」
ザカリーの言葉を思い出しつつ、アシタルはローランドへ振り返った。
「兵士として、生き延びるスキルは大切ですしねぇ……それに、丸一日以上自力で生き延びたとなると自信もつくでしょうし」
サバイバル――とはいえ、明日の夜までだ。たとえ飲まず食わずになっても死にはしない。
それにこの周辺に危険な魔物の目撃情報がないことも報告されている。
……いないのは『危険な魔物』であって、魔物自体はいる可能性はあるが。それに目撃情報がないだけで、どこぞから現れる可能性もあるにはあるが。
「まあ、有事の際に対応できるように、我々がこうして見回りをしているわけですしね」
「そうですけど……そうですけど!」
ローランドの前を歩いていたアシタルは、勢い良く振り返り。
「――なんで私までサバイバルを!?」
「鍛練です」
「ですよねー……なんかこんな生活を一年ぐらい続けてたらムキムキマッチョウーマンになりそう……」
「どんなアシタル様でも、わたくしは好きですよ!」
「ハイ出ました全肯定ローランドさん! ありがとうございます!」
「どういたしまして!」
「くおおどこまでも善人」
まあ、強くなる為にやるけど。やるけど。アシタルは溜め息を飲み込んで、周囲を見渡した。
鬱蒼とした森だ。……それ以上の説明が思い付かない。
アシタルの肩の上、モルトゥが鼻をふんふんしながら周囲のにおいを嗅いでいる。
「それで……私達、見回りをしないとってことですけど、具体的に何をしたらいいんですか?」
「そうですねえ……適度に散策しつつ、野営地探しや食料、水源確保かなと。水源については幾つか湧水がありましたので問題なさそうです」
「……やっぱり野宿ですよね……」
「ちょうどいい洞穴や岩影があるといいんですけどね」
「食料は……」
「アシタル様、血が苦手なんですよね……その、ウサギや野鳥をしめてさばくなどは……」
「しめ……さば……?」
「えーと。皮を剥いだり内臓を取り出したり」
「むりです……むりです……!」
「やれやれ、加工されたお肉は平気なのに……」
「それとこれとは! ちょっと! 違うっていうか!?」
「魚はどうですかね?」
「魚ならなんとか……あっでも……待って……内臓取り出すときのあの感触を思い出して吐きそう」
「全く……まずはお魚をさばいて精神力をきたえるところからですね。川か泉で釣りをするとしましょう」
「……でも、釣り道具が」
「作れば良いのです。木の枝と植物の繊維で簡易に作れますよ」
「なるほど~!」
「幸い、サバイバル用のナイフは支給されてますしね。……緑が豊かですから、食べられる草や果実も見つかりそうです」
「なんだか大丈夫そうな気がしてきました! がんばりますっ!」
「あ。釣りをするとなるとミミズやらを触ることになりますが大丈夫です?」
「だい……大丈夫ですなんとかします!!」
「その意気です! がんばりましょうねアシタル様っ」
「はい、ローランドさん!」
……。
「私またヒーラーらしからぬことをやっているような!?」
(このままだと歌って踊れるサバイバルマスタームキムキマッチョウーマンになっちゃうよお! 私この先、どうなっちゃうの~!?)
サバイバル……とはいえ、知識が豊富なローランドにあれこれ手助けしてもらったこともあり、実際のところアシタルがそこまで苦労することはなかった。尤も、ローランドがやり方を教えてアシタルに実際にやらせる、というスタイルだが。
新兵相手ということもあり、ザカリーもきちんと場所は選んでいたようで、サバイバルの舞台となった森は水も食料も探せば豊富だ。気温も温暖であり、夜に野外で寝ても凍死の危険性もない。
時折、右往左往しつつもなんとか頑張っている新兵らを見かけた。立場としては見回りなので、フェア性から彼らに協力することは残念ながらできないが……。
「ふんふんふーん……♪」
例の『記念日に躍りながら歌った歌』をハミングしながら、アシタルは釣った魚の鱗をじょりじょりとナイフで剥がしていた。
当初こそおっかなびっくりだったものの、いざ自分が作った釣竿で魚を自力で釣り上げると、嬉しいものが込み上げる。
魚をさばく……それはさっきまで生きていた命を頂くことだ。食べることは生きること。どんな食べ物にも命はあり、食べるならばそれらに感謝しなければならないことを思い知る。
……こう思うと、命って、生きることって、とても尊い。
改めて、普段から肉をおいしいおいしいと食べておきながら、それを実際に食肉として処理する行為を厭うていた己に、アシタルは恥ずかしさと申し訳なさが込み上げる……。
(おいしく食べるからね……!)
鱗を剥がして、腹を裂いて、丁寧に内臓を取って――もう忌避感はない――水で綺麗に洗って。ナイフで木の枝を削って作った串に刺して、焚き火の側へ。残念ながら塩はないが、しょうがない。
『アシタル、じょうず!』
「えへ。そうかな?」
肩の上のモルトゥが、アシタルの頬にすりっと顔を寄せる。
アシタルは普段から料理はするけれど、自分で素材を採ってきて……というのは初めてだった。
「流石、手先が器用でおられる」
見守っていたローランドがウンウンと頷いた。刻んだ根菜を串に刺して火で炙っている。遠火でじっくりだ。
「最初は、ヒーラーらしからぬことだーなんて言っちゃいましたけど……」
焼けていく魚を見ながら、アシタルは呟く。
「とっても勉強になりました。……命って凄いことなんですね。や、漠然とした感想で申し訳ないんですが!」
「『学べた』ことはとても良いことですよ、アシタル様。必ず貴方の糧になりますとも」
「……命って大事で凄いことだからこそ、私達ヒーラーは、それを元気にする為に……繋ぎ止める為に、がんばるんですね」
「左様でございますね」
ローランドの声はとても優しい。成長しつつあるアシタルを、穏やかに見守っている。
「……さて、そろそろいい感じに焼けたのではないでしょうか」
ほどなくもすればローランドが言う。魚と野菜に火が通ったようだ。
昨日の夜のように、ローランドが食前のお祈りをして――「我等の糧になりますよう」、それは体の糧であり心の糧なのだとアシタルは理解する――二人は食事をとり始めた。
遠巻きに、新兵達の声が聞こえる。彼らもがんばっているらしい。
森は穏やかで平和だ。サバイバル訓練の時間は緩やかに過ぎていく。
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