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あっという間にサバイバル最終日の夜。
アシタルは泉で水浴びをして(その間、ローランドが周囲を見張ってくれていた)、葉っぱを敷いた浅い洞穴にて、横になっていた。
サバイバル最後の晩餐は、草の皮で作ったロープ――から更に作った罠で獲った、野鶏だった。
血に時々くらくらしながらも、アシタルはがんばってがんばってさばききった。大変だったが、大切なことなのだ。感謝をしながらおいしく食べきった……。
お腹に満腹感を携えつつ。
寝そべるアシタルのすぐ側にはローランドがいる。座り込んだ大きな大きな背中が見える。
神聖騎士であるローランドは、治癒魔法を始めとした神聖魔法だけでなく、『身体強化(エンハンス)』の術をも取得しているとのことで、なんでも数日寝ずに行動可能な術を行使できるとか。それで昨日から寝ずに番をしてくれている。ちなみに暗視もできるとか。凄い。
(本当に頭が上がらないなぁ……)
思えば一年前、ヒーラー適正が全くない落ちこぼれのアシタルにも、今と同じような態度で接してくれたものだ。あの時はそんなに接点がなかったけれど……こうしてより仲良くなれたことを、アシタルは嬉しく思った。
「ローランドさん、ありがとうございますね」
「ん?」
金属が擦れる音がして、兜の顔が振り返る。
「ええと。どういたしまして?」
「ふふ。……兜、脱がないんですか?」
「任務中ですからね!」
「それにしては普段からフル装備のような……?」
「常在戦場ですからね!」
「なるほど……?」
「でも、そうですね、ちょっと顔でも拭くかな……」
そう言ってローランドが兜に手をかけた。
瞬間だ。
「うわぁあああああああ!!」
「た、助けてくれーーーーっ!!」
ひっくり返った声がして、藪をガサガサ掻き分ける音がして、新兵が二人すっ飛んできた。
「どうなされました?」
ローランドがすっくと立ち上がり、目の前でもつれ込むように倒れ込んだ二人に問うた。
二人はガチガチ歯を慣らしながら、彼方を指差す。
「どっ、どらっ、どどどどど」
「ドラゴンッ!!」
ドラゴン。
魔物の中でもかなり高位な――それだけ危険な生物だ。
「ドラゴン……ってやばくないですか!? すっごい危険な魔物ですよね!?」
アシタルは心臓が凍りつくような心地がした。この周囲に危険生物の目撃情報は――いや、ドラゴンには翼がある。いずこかから飛んできてしまったのか。おそらくそうだろう。
……不穏な羽音が聞こえる。
「総員、わたくしの後ろに!」
洞穴から飛び出しつつ、ローランドの鋭い声が飛んだ。
「洞穴の中は危険です。奥行きが浅い――ブレスを吐かれては逃げ場がありません!」
「そ、そっか……!」
アシタルは想像してゾッとした――狭い洞窟中に充満する灼熱の炎に包まれるなんてゴメンだ――洞窟から出て、ローランドの後方へ。新兵二人も足をもつれさせながら、アシタルに続いた。
「あまり離れ過ぎないように!」
ローランドは自らに強化術を施しながら、大盾を構える。
その間にも、草はをかき分けるような音。枝の折れる音。翼の音。
――ぬ、と樹上から顔を出したのは、竜だ。
「これは……ドラゴンではなくワイバーンですね」
「ワイバーン……?」
「下位の竜種です、ドラゴンに比べれば危険度はグッと低い……のですが、」
アシタルの問いにローランドは警戒を解かずに言う。
「戦闘経験の浅い者には、十二分以上の脅威です」
つまりアシタルや新兵達では歯が立たないということだ。
ひっ、とアシタル達は息をのむ。
一同の視線の先ではワイバーンが、おそらく腹を空かせているのだろう、獰猛な目を人間達に向ける。木の枝を煩わしそうにへし折って――ブレスを吐くつもりか、すうっと息を吸い込んだ!
「伏せて! 頭を低く!」
ローランドが声を張った。
その瞬間、である。
ウグ、とワイバーンが呻いた。
目を見開いた魔物の体が不自然に硬直する。
そのまま――ずるりと、体が『ズレた』。
「っ――!?」
アシタルは驚きに息も忘れた。
目の前で、ワイバーンが『一刀両断』されたのだから。
「よう! 無事かァ! 無事だな! ヨーシ!」
聞こえてきたのは豪快な男の声。
一同の目の前に降り立ったのは、黒い鎧にハルバードの――ザカリーである。そしてその背後では、両断されたワイバーンがどしゃりと地面に崩れ落ちた。ザカリーのハルバードには竜種の血が付着している。
「兄さん……!」
「オッス弟、全員無事なよーだな! ご苦労ご苦労」
ザカリーが盾を降ろしたローランドの頭(兜だが)をワシワシ撫でる。「うわあ」とローランドが空気の抜けるような声を出す。
「……空にワイバーンが飛んでやがるのが見えたからよ! あーこれヤベーなーって思ってなッ、ダッシュで来た! ま、この通り俺様が捻っておいたから安心しろッ!」
ハルバードの血糊を振るって払いながら、ニッ! とザカリーが笑う。
まさかワイバーンが飛んで来るとは予想外だったらしいが、そういったイレギュラーな事態に対応するためにザカリーがいるのだ。
「ワ、ワイバーンを一撃で……」
「すごい……」
新兵達は呆気に取られている。
一方、アシタルは一刀両断されたワイバーンの亡骸を見ないようにしている。血、血はちょっと。さっき鳥をさばいたけれども。アレは料理だったので……。
と、ザカリーはワイバーンをちらりと見やり。
「このワイバーン食っていいからなッ!」
「「へっ!?」」
アシタルと新兵は完全に思考がフリーズした。
「あの、ワイバーンって食べられるんですか?」
あんまりにもびっくりしたから、アシタルはザカリーに尋ねる。
「おー食べられっぞ、うまいぞーー? ま、好きにしなァ! 俺は戻るからな! じゃ!」
「た、隊長! あの!」
立ち去ろうとしたザカリーを兵士が呼び止める。
「あっ、ありがとうございます……!」
「いーってことよぉ。……いや。……『まだ』だ」
常に笑みを浮かべていたザカリーから、ふっと笑みが消えた。
一体、何が。
何が『まだ』なのか。
アシタル達の思考が追いつく前に。
「――ローランドッ! アシタルを護れぇッ!!」
「っ――了解!!」
兄弟が鋭く声を交わした。
兵士とアシタルには何が起きたのか分からない。
ただ、分かったことといえば。
アシタルにはローランドが、兵士達にはザカリーが、それぞれ庇いに飛び出して――
激しい光と、轟音とが、五感の全てを飲み込んだことだ。
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