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――あ、星落ちだ。
ボンヤリする意識の中、アシタルはそう理解した。あの光と轟音には覚えがあった。
「アシタル様――アシタル様、ご無事ですか!」
顔を覗き込むローランドの姿と大声で、アシタルの意識は覚醒する。
ローランドに抱えられている姿勢のまま、アシタルは慌てて周囲を見渡した。
辺りはまるで――それこそドラゴンのブレスが薙ぎ払ったかのような。
あの時、アシタルに落ちた星よりも大きな星が落ちてきてしまったようだ。
「わ、私は平気……ローランドさんは?」
「衝撃で少し頭がぐらぐらしますが……大丈夫です」
……だが。
「隊長っ、ザカリー隊長ぉおおおッッ!!」
向こう側から、兵士達の悲鳴。
恐慌した新兵らはザカリーに突き飛ばされて守られて、土埃に汚れた程度だった。
だが――ザカリーは――
星落ちの衝撃を体にまともに受けてしまって……体がちぎれていた。
「……兄さんッ!!」
ローランドの狼狽した声は、これまでアシタルの聞いたことがない声音だった。
弾かれたように駆け出していくローランドの肩越し――アシタルは見てしまう。
あまりに無惨に砕かれた人間の体を。
「っッ――!」
アシタルの喉がヒュッと鳴った。
その間にもローランドは兄の傍にしゃがみ込み、治癒魔法を施し始める。
だが、彼の術では……とても、ザカリーの負傷を治せるはずがなく。。
(だけど……あんな傷、私の腕でも!)
ザカリーの負傷は、かつてお腹に穴が開いたアシタルの負傷度をゆうに超えている。
なくなった部位の再生には途方もない力を要する。アシタルが気を失う程度のエネルギーでは、足りない。
(どうしよう――どうしたら)
考えろ考えろ考えろ考えろ。
どうしたらいい? 何ができる?
冷や汗が噴き出してくる。体が冷たくなって震える。
世界の音がとても遠い――アシタルは拳をぎゅっと握り込んだ。
(……、『私だけの力』なら、無理だけど……)
一つの考えがアシタルの中に湧いた。
一か八か。そもそもできるかどうか。
でも、それに賭けるしか――ない!
「モルトゥ、皆の力を私に『繋いで』……腕の力を使うことはできる?」
アシタルだけでは出力不足なら、ローランドと新兵二人の力を分けて貰えばいいのだ。
モルトゥが目を真ん丸にする。
『三人分のエネルギーを……!? アシタル、物凄く君に負荷がかかるよ。君の体の許容量以上にエネルギーが流れ込むんだ。体も魂もズタズタになるよ! 制御できなければ君の命が危ない!』
「それでも!」
被せるように、アシタルは声を張った。
「私は――私は、治癒師(ヒーラー)だから!」
ぽんこつでも。落ちこぼれでも。才能なしでも。
誰かを救いたい。誰かを助けたい。
その為にずっとがんばってきたんだ!
『……分かった』
モルトゥはコクリと頷いた。
『やってみる!』
「お願い!」
アシタルは血も傷も苦手だ。
だけどここで恐れてしまうと、人が死ぬ。
大切な人の、大切な人が。
「兄さん……兄さん!! ああ、血が――なんで止まらないんだ、止まってくれよ、神様、神様、神様ぁ……!」
意識のないザカリーの傷に添えられたローランドの手は、兄の血で真っ赤に染まっていた。指の隙間から、命そのものである赤い色がとめどなく流れ続けている。
その声は……あまりにも悲痛で。
「ローランドさん」
アシタルは声が震えそうになるのを抑えながら、彼に声をかけた。それから、兵士二人にも。
「私の左手を掴んで下さい。そして――祈って下さい、信じて下さい! ザカリーさんの傷が治るように!」
さあ、とアシタルは左手を差し出した。
「――急いで!」
「っッ……!」
凛としたその声に、ローランドは全ての思いを飲み込んで血濡れた手を重ねた。
新兵二人も、ボロボロ泣きながら震える手でアシタルにすがる。
「モルトゥ! やって!」
『うん――いくよ!』
モルトゥの体に神々しい光が灯り、アシタルの周りをくるくると回る――アシタルに流れ込むのは人間三人分のエネルギーだ。
「っッぐ!」
瞬間、アシタルの視界が軋んだ。
少女の目から鼻から耳から歯茎から血が滲み吹き出る。全身の細胞が軋む。激痛が走る。
「ううぅぅうううううううっッ――」
アシタルのキャパシティをゆうに超えたエネルギーは、彼女の体を破壊する嵐となって、その肉体と魂に駆け巡る。心臓が痛い。血混じりの胃液がせり上がって、ごぼりと溢れた。口の中が鉄臭い。体が重い。頭がガンガンして破裂しそうだ。
(でも――これならッ――!)
アシタルの右手が光輝く。
まとう眩い光は輪郭すら視認できない。
その手を――今にも崩れてしまいそうなその手を――アシタルはザカリーに重ねた。
――光が、アシタルの目の前を白く塗り潰す……。
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