第四話:砕け散る四肢

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 ――あ、星落ちだ。  ボンヤリする意識の中、アシタルはそう理解した。あの光と轟音には覚えがあった。 「アシタル様――アシタル様、ご無事ですか!」  顔を覗き込むローランドの姿と大声で、アシタルの意識は覚醒する。  ローランドに抱えられている姿勢のまま、アシタルは慌てて周囲を見渡した。  辺りはまるで――それこそドラゴンのブレスが薙ぎ払ったかのような。  あの時、アシタルに落ちた星よりも大きな星が落ちてきてしまったようだ。 「わ、私は平気……ローランドさんは?」 「衝撃で少し頭がぐらぐらしますが……大丈夫です」  ……だが。 「隊長っ、ザカリー隊長ぉおおおッッ!!」  向こう側から、兵士達の悲鳴。  恐慌した新兵らはザカリーに突き飛ばされて守られて、土埃に汚れた程度だった。  だが――ザカリーは――  星落ちの衝撃を体にまともに受けてしまって……体がちぎれていた。 「……兄さんッ!!」  ローランドの狼狽した声は、これまでアシタルの聞いたことがない声音だった。  弾かれたように駆け出していくローランドの肩越し――アシタルは見てしまう。  あまりに無惨に砕かれた人間の体を。 「っッ――!」  アシタルの喉がヒュッと鳴った。  その間にもローランドは兄の傍にしゃがみ込み、治癒魔法を施し始める。  だが、彼の術では……とても、ザカリーの負傷を治せるはずがなく。。 (だけど……あんな傷、私の腕でも!)  ザカリーの負傷は、かつてお腹に穴が開いたアシタルの負傷度をゆうに超えている。  なくなった部位の再生には途方もない力を要する。アシタルが気を失う程度のエネルギーでは、足りない。 (どうしよう――どうしたら)  考えろ考えろ考えろ考えろ。  どうしたらいい? 何ができる?  冷や汗が噴き出してくる。体が冷たくなって震える。  世界の音がとても遠い――アシタルは拳をぎゅっと握り込んだ。 (……、『私だけの力』なら、無理だけど……)  一つの考えがアシタルの中に湧いた。  一か八か。そもそもできるかどうか。  でも、それに賭けるしか――ない! 「モルトゥ、皆の力を私に『繋いで』……腕の力を使うことはできる?」  アシタルだけでは出力不足なら、ローランドと新兵二人の力を分けて貰えばいいのだ。  モルトゥが目を真ん丸にする。 『三人分のエネルギーを……!? アシタル、物凄く君に負荷がかかるよ。君の体の許容量以上にエネルギーが流れ込むんだ。体も魂もズタズタになるよ! 制御できなければ君の命が危ない!』 「それでも!」  被せるように、アシタルは声を張った。 「私は――私は、治癒師(ヒーラー)だから!」  ぽんこつでも。落ちこぼれでも。才能なしでも。  誰かを救いたい。誰かを助けたい。  その為にずっとがんばってきたんだ! 『……分かった』  モルトゥはコクリと頷いた。 『やってみる!』 「お願い!」  アシタルは血も傷も苦手だ。  だけどここで恐れてしまうと、人が死ぬ。  大切な人の、大切な人が。 「兄さん……兄さん!! ああ、血が――なんで止まらないんだ、止まってくれよ、神様、神様、神様ぁ……!」  意識のないザカリーの傷に添えられたローランドの手は、兄の血で真っ赤に染まっていた。指の隙間から、命そのものである赤い色がとめどなく流れ続けている。  その声は……あまりにも悲痛で。 「ローランドさん」  アシタルは声が震えそうになるのを抑えながら、彼に声をかけた。それから、兵士二人にも。 「私の左手を掴んで下さい。そして――祈って下さい、信じて下さい! ザカリーさんの傷が治るように!」  さあ、とアシタルは左手を差し出した。 「――急いで!」 「っッ……!」  凛としたその声に、ローランドは全ての思いを飲み込んで血濡れた手を重ねた。  新兵二人も、ボロボロ泣きながら震える手でアシタルにすがる。 「モルトゥ! やって!」 『うん――いくよ!』  モルトゥの体に神々しい光が灯り、アシタルの周りをくるくると回る――アシタルに流れ込むのは人間三人分のエネルギーだ。 「っッぐ!」  瞬間、アシタルの視界が軋んだ。  少女の目から鼻から耳から歯茎から血が滲み吹き出る。全身の細胞が軋む。激痛が走る。 「ううぅぅうううううううっッ――」  アシタルのキャパシティをゆうに超えたエネルギーは、彼女の体を破壊する嵐となって、その肉体と魂に駆け巡る。心臓が痛い。血混じりの胃液がせり上がって、ごぼりと溢れた。口の中が鉄臭い。体が重い。頭がガンガンして破裂しそうだ。 (でも――これならッ――!)  アシタルの右手が光輝く。  まとう眩い光は輪郭すら視認できない。  その手を――今にも崩れてしまいそうなその手を――アシタルはザカリーに重ねた。  ――光が、アシタルの目の前を白く塗り潰す……。
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