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「――それで、アシタル君の容態は……」
「それが、傷一つもなく……衣服に穴が空いていて、大量の血もついていたのに……」
「だとすると、かなりの大怪我を一瞬で治したことになるな……」
「おそらくは星落ちによる負傷、ですよね……」
「それほどの負傷を一瞬で? それこそ神格級じゃなきゃ無理であろう」
「奇妙なのは、どんな図録にも記録がない不可思議な生物が彼女のそばにいて……」
「あの白くてもこもこした……おいしそうな……?」
「食べないで下さいね。……あれが彼女の治療をしたのかもしれませんし……」
「ん-、さっきちょっと口に入れようとしたら猛烈に顔ひっかかれたんだよね」
「二度とやらないでくださいね……?」
声が聞こえた。
アシタルには馴染みの声だ。
このなんというかチグハグなやり取りも……。
「ん……、」
目をゆっくりと開ければ、アシタルは自分がベッドの中にいることに気付いた。
住み込みさせてもらっている神殿の自分の部屋、自分のベッドだ。
まだちょっとぼんやりする頭のまま、アシタルは身を起こす。
「アシタル様!」
ベッドのそばで彼女の目覚めにいち早く気付いたのは、重厚な鎧をまとった男だ。
この神殿所属の神聖騎士(パラディン)、ローランドである。
「ご無事ですか? どこか痛いところは!?」
ローランドはフルフェイスの兜なれど、その狼狽えようで表情をありありと想像することができた。
なんでも、アシタルがいつも足を運ぶところに星落ちが観測されたので、もしやと思ったローランドが様子を見に行ったという。
そして丘の上に血だらけの……しかし無傷のアシタルが倒れていて、急いで神殿に運んだのだとローランドは語った。
「心配しました……目を覚まして本当に良かったです」
「ええと……ご心配をおかけしました、ローランドさん。痛いところとかはないです、ありがとうございます」
「いえ、いえ。騎士としての務めを果たしたまでですから」
アシタルと問題なく言葉のやりとりができることで、彼女の意識は鮮明であると把握したローランドは、幾らか安心したようだ。
「ヤッホーヤッホー。心臓、動いてるぅ?」
と、そこへアシタルの顔を覗き込んで手をひらひら振ったのは、異様に顔色の悪い男。この神殿を取り仕切る司祭フランシスである。……ちなみにアンデッド種バンパイア。魔族でアンデッドが彼がなぜ神殿の司祭をやっているのか、それが公的に認められているかは、シリウスフォール七不思議のひとつだったりする。
「いやほんとビックリしたよね。吸血鬼人生長いけどさー、不思議なことも起きるもんだねぇ。何にしても生きてるだけで儲けモンじゃない、アンデッドが言うんだから間違いない」
「ええと説得力があるんだかないんだか……?」
「あるよ~ありまくるよホントホント。でさ、君、何があったの?」
フランシスからそう尋ねられて――なんと説明したものか、とアシタルは視線を巡らせた。「きゅー」と鳴いたモルトゥがアシタルの肩に留まる。子竜は、アシタルとフランシスとを交互に見ていた。
(ていうか、思い返すほどメチャクチャなことが起きたようなっ……!?)
果たして信じて貰えるのだろうか。
でも本当に起きたことなんだ……素直に話そう。アシタルはそう決心すると、経緯を一つずつ語り始めた――。
「……ふむ、ふむ」
司祭は遠慮なくアシタルのベッドに腰を下ろして尊大に足を組みつつも、彼女の言葉を遮ることなく聴いてくれた。
「天の御柱君が、我々に助けを求めてる……と。待てよ? それって我輩が司祭業サボってる所為みたいじゃん?」
片眉をもたげるフランシス。
まあ……実際、彼は吸血鬼であるがゆえに日没から夜明けまで、すなわち太陽のない間しか活動できしない。日光を浴びることは吸血鬼にとって致命的だからだ。それに加えて彼の種族はアンデッド、神聖なものに属する治癒魔法も使えない。
(……本当に、なんでこの人は司祭なんだろうか……!?)
この神殿でお世話になり始めてから何度も思ってきた謎が、再びアシタルの胸を過ぎる。
その間にも、フランシスは顎を擦りながら思案気な様子で、言葉を続けた。
「まあ、昔に比べて神殿に所属する信徒が減ったのは事実であるな。そもそも都市自体の人口が減りつつあるし。……とまあ真面目に考察したところで、司祭として天の御柱信仰の衰退を止められてないことは反省点だ」
(司祭様、たまに真面目なんだよなぁ……)
「やっぱ魔族が司祭ってマズいかなー!? 神聖な場所にアンデッドは斬新だと思うんだけどなー!? PRミスったかなー!? 説法のオチに『まあ我輩死んでるんですけどね』ってアンデッドジョークはマズかったかな!? 魔族にはバカ受けなんだけど」
「マズさ120%だと思うんですが!? さっきの真面目さはもう終わりですか!?」
「つら……死のう」
「もう死んでるじゃないですかアンデッドなんですから!」
司祭の脊髄反射会話にそう切り返すアシタルに、ローランドが肩をそっと叩いて耳打ちする。
「アシタル様、本題が置いてけぼりですよ」
「うん確かにね!? ええと……司祭様、それで」
「はいはい、天の御柱君のなんやかんやね」
フランシスはもったいぶるように長い足を組み換えた。その瞳は、じーっとアシタルの目を覗き込んでいる。
この目に見据えられ続けると、アシタルはいつもなんだかそわそわしてくる。心の裏側まで見透かされるような眼差しだからだ。
「君のトンデモナイ話に対する、シリウスフォール天の御柱神殿の司祭としてのアンサーは……」
「……は、はい」
「アシタル君の、天の御柱復興活動の協力を、全力で応援しよう」
フランシスは口角を吊った。
「……信じて下さるのですか、司祭様?」
「君の服には大穴が空いていて、大量の血液も付着していて……一方で傷は見当たらない。君が『神より授かった腕』で自分自身を治療したことの何よりの証明ではないか。逆にそれ以外のケースが思いつかん」
「確かに……」
「それに、君は言ってただろう? 君が初めて神殿に来た日のことだ――『人を助けられるようになりたいんです』と。アシタル君、君はいつだって真面目でひたむきだ。嘘を吐く人間ではないと思うのだがね」
「し、司祭様~~~!!」
なんのかんの、いい人なんだよなぁ――人間じゃないんだけど。さておき、アシタルは信頼してもらったことに感謝を覚えた。才能のない自分を、疎ましく思っていたのではないか……追い出したかったんじゃないか、という不安がなかったと言えば嘘になるからだ。
「というわけでアシタル君、明日から早速、その神の腕の力を頼ろう。構わんね? 今日は君、心身ともに疲れてるだろうから、明日からでいい」
司祭は、アシタルが血が苦手なことを知っている。神の腕が未知の力である以上、心も体も万全な状態で用いるべきだろうと判断したのだ。
「……ヒーラーとして、治療をできるんですか!?」
それはアシタルがずっとずっと憧れていたことだ。
「あ、でも、私まだ、ヒーラー許可証……」
「あくまでもまずは『お手伝い』ってことでー。名目上は補助なら、許可証なくても大丈夫だろうしね。もしも何か文句言われてもまあ我輩に任せなさい。……君の力を確認して、相応であるならば、領主に打診の文をペッと送るぞ」
「し、し、し、司祭様~~~っっ!!」
「がんばれよ~~我が神殿の期待の星!」
「はいっ! こちらこそです!!」
「血が苦手なのも克服していけよ!」
「うっ……! が、がんばり……ます!」
「克服の為に一回ちょっと吸血されてみる?」
「お断りします!!」
「いい拒否アクションだ……それじゃあ今日はゆっくり休むように!」
フランシスはアシタルにそう言うと、ベッドから立ち上がる。
「ローランド君、退室するぞー。女の子と部屋で二人きりになりたいなら残ってもいいがね」
「は、フランシス司祭。ご命令であれば残りますが」
「あのね……ボケ殺しやめよう? じゃあ行くぞー」
吸血鬼司祭の言葉に神聖騎士は踵を揃えて承諾すると、アシタルへ会釈し、フランシスと共に部屋から出た。
「――ローランド君。君、どう思うかね?」
部屋から出て、日の沈んだ世界を映したステンドグラスの廊下を歩きながら、フランシスはローランドに問うた。
「……正直、半信半疑ではあります。あまりに唐突で壮大な……」
「とーはーいーえー、星落ちが昔よりも起きてることはマジだし、天の御柱君の知名度が下がりつつあるのも事実なんだよねぇ」
「そしてアシタル様が自らを治療して死の淵から蘇ったことも……」
「そそ。あの子が誇大妄想で頭パッパカパーしてるようでもなさげだし、一時的にでも認められたいからって嘘ついちゃったようにも見えなかったし」
吸血鬼は数多の異能を持つ。催眠術などその一つだ。
「本当のことを話すように、って暗示かけつつ話してたけど、彼女はあの通りだった。言っちゃ悪いけどあの子が我輩の眼力を弾けるわけないしね」
「やはり……事実である、と」
「そうだろうなー。そこで、ローランド君」
「はい、フランシス司祭」
「事実であるなら、彼女の力はあまりに希有で強力無比……あの子を狙う輩がいつか必ず現れるだろうな」
「……左様でしょうね」
「あの子はまだ無垢な少女だ。ちっぽけで弱々しくて隙だらけだ。我輩が悪意ある吸血鬼なら、今頃血を吸われ尽くしてミイラになってる程度には」
「お言葉ですが、例えがブラックです」
「暗黒系種族だもんよ、そらブラックよ。……それでさ、天の御柱神殿の司祭として……ローランド君、君に命令がしたい」
「何なりと」
「アシタル君を、護ってくれないか」
「承知致しました。必ずや!」
「よろしくー。それじゃあ我輩は夜の見回り行ってくるから」
「いつもお疲れ様です、司祭様」
「崇めてよいぞ、それを許そう。いやほんと感謝しなさいよ? この辺に魔物がでないのはマジ我輩の夜回りのお陰なんだからマジでマジで」
「ええと……では、わたくしの血でも飲みます?」
「あ、野郎の血は結構ですパトロール行ってきます」
(マジのトーンで拒絶された……)
――一方、アシタルは……。
「やったー! やったやったやったよー! 私! ヒーラーになれるよー!」
許可証まだだけどー! と付け加えながら、アシタルはベッドの上でばいんばいん跳ね回っていた。両掌に乗せたモルトゥが、激しい上下運動にきゅーきゅー鳴いている。
「この力でっ、いろんな人を助けるんだっ! 私、私っ、がんばるっ!!!」
天真爛漫なアシタルの笑顔に、モルトゥは応援するようにきゅっと鳴いた。
なおその五秒後、勢い余ってベッドから豪快に転がり落ちるアシタルなのであった。幸い無傷なのであった。
――この日から、アシタルのヒーラーとしての……そして、神様を助ける為の奮闘が始まる。
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