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――目が覚めたらベッドの上だった。
「……あれ、……?」
アシタルはぼんやりと天井を見上げ……
「あれえ!?」
勢い良く飛び起きた。
「ゆ、夢!? 寝坊!? 遅刻!?」
あわわわわわわわ。
パニックのままにアシタルが周囲を見渡せば――ちょうどドアが開いて、神殿所属の神聖騎士ローランドが現れた。
「……アシタル様! お目覚めですか」
アシタルの声が聞こえたので様子を見に来たらしい。ローランドは心配そうにしながら、ベッドの傍らからアシタルを見下ろした。
「大丈夫ですか? ……貴方、治療中に急に倒れられたのですよ」
「え。え!? それって、どういう……」
「……どこまで覚えておられます?」
「え、と、細工師のバートさんを治療して……それから、皆を治そうと……、……?」
ここでアシタルは、数人を治療してから先の記憶がないことに気付いた。
冷や汗をだらだら流すアシタルの一方、ローランドは兜ごとこめかみを抑えて溜め息を吐く。
「バート様を治療してから、四人目の出来事でした。貴方、突然……糸が切れたみたいに気を失ってしまって」
「そ、そういえば、急に意識が遠く……」
「極度の魔力切れに伴う虚脱かと思われますが」
「……魔力、切れ」
と、ここで「きゅう」とモルトゥがアシタルの頭の上に着地した。
『アシタル……君、ひょっとしてだけど、魔法が苦手だったりする……?』
おそるおそるとモルトゥが尋ねる。
「いやー……お恥ずかしながら……」
『あっ……あ~~……』
「ちょっと、ちょっとナンデスカその、明らかに何かを察したような……」
アシタルの冷や汗が1,5倍になる。
一方でローランドはきょとんとしていた。彼にはモルトゥの言葉が正しく「きゅーきゅー」としか聞こえず、端から見ればアシタルの独り言に見えるのである。
「あの……アシタル様?」
「あ! ええと、モルトゥはですね、天の御柱様の御遣いで……あれ? モルトゥの言葉、分からないんですか?」
「ざ、残念ながらわたくしには……いやでもその、なんというか、童心を忘れないのは素敵でございます……よ!」
「やめてください、その残念な子を見る目をやめてください……!」
脳味噌メルヘンな自称動物の言葉分かる系女子じゃないんです本当なんです。
『天の御柱様と深く接触したひとにしか、僕の言葉は分からないんだ』
モルトゥがそう説明してくれる。『それで本題だけど……』と、アシタルの膝の上に降り立った。
『あのね、アシタル。その右手の力を使うのにはエネルギーを消費するんだ。魔力であり、精神力であり、生命力であり……そういった、人間が持つエネルギーのことね』
「エネルギーを使う……、あっ、だから昨日からなんだかお腹が空くの?」
『食事は一番手っ取り早いエネルギー補給だからね。……それで、うん、率直に言うねアシタル』
「……は、はい」
『君、エネルギーの基本量が少なすぎる……特に魔力』
「ハイ……」
『魔力がないから、君の精神力と生命力がすぐ消費されることになってしまっているんだ』
「それで、私、エネルギー切れになって倒れたのかぁ……」
自分の低スペックさを改めて思い知ると、どんよりした気持ちになる。アシタルはうなだれた。
『神の腕を地道に使っていって、経験を積むしかないね……がんばろうね、アシタル』
慰めるように、モルトゥはアシタルの手にすりすりと身を寄せた。
「……何か分かったのですか?」
ローランドが心配そうに問うたので、アシタルは事情を説明した。
ふむ、とローランドが一つ頷く。
「ヒーラーは体力勝負ですからねぇ。つまり、もっとタフネスになる必要がある、と」
「どうすればいいですかね……?」
「筋トレですかね」
「きん、」
「筋トレだと思います」
「とれ、」
「精神力も生命力も鍛えられます。逞しき魔力は磐石な肉体に宿るのです」
握力でクルミからリンゴからゴブリンの頭まで握り潰せそうな人が言うと説得力が物凄い。重装備で毎日平然と過ごしてるもんなこの人……とアシタルは改めてローランドの爪先から頭の先までを眺めた。金属鎧。有事の際は身の丈ほどもある大盾と重厚なフレイルを持つので本当に凄まじい。
「わたくし、フランシス司祭からアシタル様の護衛を仰せつかりました。しからば、貴方の心身の護衛に努めるは必然」
「は、はい」
「ご安心下さい、アシタル様に必ずや見事なシックスパック……いやイレブンパックをお約束します!」
「イレブンパック……奇数なんですけど!?」
「今日から早速、鍛練ですね。もちろんわたくしがお手伝い致しますとも。さあ、一緒にがんばりましょうね!!」
ぽん! とローランドがアシタルの肩に手を置いた。これ拒否権ないやつだ。
……が、なんにしてもアシタルにとって、体力を付けることが目下の目標であることは事実である。
「ええと……よろしくお願いします、ローランドさん!」
……腹筋が十一個に割れるのは勘弁だけども!
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