第二話:無貌の貴公子

3/10
前へ
/69ページ
次へ
「気合いです! 気合いですよアシタル様!」  ガッチャガッチャガッチャガッチャ。  アシタルの後ろから延々と聞こえるのは、鎧の重厚な金属音もとい足音と、その装着主であるローランドの応援だ。 「ふぁ、ふぁいおー、ふぁいおー、ふぁいおー……」  ぜーはーぜーはーぜーはー。  アシタルは息が上がりすぎてヤバイことになっていた。  現在、太陽が昇りつつある早朝。  アシタルは体力をつける為に、ローランドと共に走り込みをしているのである。 「はぁ……はぁ……おぇっ……」  アシタルはあんまり運動が得意な方ではない。むしろどちらかというとインドア派で、かけっこなんかは大体後ろの方だった。  そんな感じなものだから、アシタルはほぼゾンビめいた足取りで、辛うじて『走っている』と呼べるような状況で。 (肺がッ、肺が潰れそうッ……! 死ぬッ……!)  グロッキー極まりないアシタル。 「きゅー!」とモルトゥがその側をパタパタ飛びながら応援してくれている。  そしてその後ろでは、ローランドが元気ハツラツと伴走してくれている。金属音が凄くうるさ……存在感がある。 (ていうかローランドさん、金属鎧フル装備で、なんであんなに元気いっぱい走れるの……!? 息も上がってないし……!? こわッ!)  後ろから鎧の音がエンドレスガッチャガッチャ。パラディンは凄い、アシタルはいろんな意味で思った。 「さあ、ラスト一周ですよアシタル様ッ! この調子でがんばりましょうッ!」 「ふぁい……!」 「景気付けに聖歌でも歌いますかッ!?」 「だいじょぶれす……!」 「きーらめーくほーしのーーー♪」 「だいじょおおおぶれすぅ!!」 「さあご一緒に! 肺活量を鍛えましょうね!」 「むりですううう!」 「ハモりますから!」 「ハモらんでよいですうう!! おえっ ゲホッゲホッ」  ――とまあ、なんとかかんとか走り込みをフィニッシュして。  やっと終わったー……と神殿の庭に汗びっしょりでひっくり返ったアシタルだが。 「お疲れ様です、アシタル様! よくがんばりましまね。さあ、一休みしたらトレーニングを続けましょうね。とりあえず腹筋と背筋と腕立て伏せ十回ずつを十セット」 「……ふぁ!?」  十回を十セットってそれ百回ですよね? アシタルは我が耳を疑った。 「世の中の構成は非常にシンプルなのです、アシタル様。すなわち鍛えるか、鍛えないか」 「ちょっと何言ってるか分からないです!?」 「貴方の筋肉が世界を救うのです」 「いっぱい治療できるように体力を付けたいとは思ってますけども!?」  ――さて、無情にも休憩は終わり。 「良いですか? アシタル様」  腹筋をするアシタルの足を押さえて回数をカウントしているローランドが、半死半生のアシタルに言う。 「ヒーラーも、パラディンも、立ち続けなければならない者です。我々が倒れてしまえば、誰が『誰か』を護るのでしょう?」 「た、たしっ……かにっ……」 「同じ理屈で、自己犠牲も駄目ですよ。自らを磨り減らすことは、貴方を大切に思う誰かの心を磨り減らすことです」 「自分大事にっ……!」 「ですね! さて、一休みしましょうか。休憩も大事です、何事もメリハリです」 「や、やっ……たー……っ!」 「第二ラウンドもがんばりましょうね! 鎧を着て走りますか? メチャクチャ体力つきますよ。確か初心者用の軽めの鎧があったはず」 「や、ヤダー……っ!!」  今一度、アシタルは大の字に転がった。  すっかり日の昇った太陽が見えた。それから、まだ短い『天の御柱』の神殿も。  汗びっしょりの頬を、そよ風が優しく撫でていった。 (ちょっとは体力、つくといいなぁ……)  せっかく凄い力を得ても、それを使いこなせなければ意味がない。  昨日は「ヒーラーになれる」と浮き立っていたが……まだまだ、アシタルのヒーラーへの道のりは長そうである。 (一つずつ、がんばっていかないと……)  などと気合を入れるも、流石に鎧を着ての走り込みはしなかった。死ぬわ。
/69ページ

最初のコメントを投稿しよう!

73人が本棚に入れています
本棚に追加