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丘のふもと側のたわんだ道を歩くうち、流水音以外の音に気づいて顔を上げた。
小さな水門の横で、誰かが小声で話していた。
「六ノ星町は、夏だけは綺麗だ。けれど春も秋も冬もクソだ」
声のほうを見ると、水路の横で男たちが瓶のコカコーラを飲んでいた。足元には六角形のハンドルが転がっていた。
「だが、いまはまるで夏みたいだ。だから全然クソじゃねえ」
「そうだな」
彼らは上澄み色の作業服を着ていて、フラップゲートを手の中で転がしていた。カチャカチャと音が鳴る。
作業員の一人は笑っていたが、もう一人の髭を生やした男のほうは、横眼でこっちを睨んでいた。
六角形の穴のあいたトルクトレンチには、蝿がとまっている。
俺が立ち止まると、髭の方が褐色の顔を向けた。何かを問いただしたがっているような表情だった。俺も跳ね返すように睨みつけた。
髭面は決して目を逸らさなかった。
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