第五章 すべてを包む愛-針葉樹の森のように

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 かすみは、直弥(なおや)の四十九日が済むと働きだした。  だが、予定されていた霧山(きりやま)商事ではなく、本家が直接経営する、回復の見込みのない患者を精神的に支え、その家族の心理的な負担もケアする新会社に勤めることになった。  彼女が、直弥が世を去った後も本家に残ったのは、この事業のためだとグループでは噂になった。夫の遺志を継ぐ形だと。  勇矢(ゆうや)は、その噂を放っておいた。  まったく的外れでもない。かすみと紘基(ひろき)と離れたくない本家のみんなが、新事業に(から)めて引き止めたのが真相だが……  実際、かすみが、闘病を見守る家族に対して、手助けしたいという思いを持っているのは聞いた。それは、直弥の願いでもあるだろうと。  心配だったが、何かをしていれば、直弥を(うしな)った衝撃も薄れるだろうと願った。  だが、真剣に業務に打ち込んでいた彼女が倒れたと聞いた時、まだ精神的に立ち直っていないと勇矢は知った。  職員たちに注意されながら、勇矢は紫垣(しがき)病院の廊下を走った。もう誰も喪いたくないと願いながらドアを開けた。かすみがベッドから起きようとする姿が見えて、思わず勇矢は注意していた。  「かすみちゃん、寝てないと駄目だよ」  彼を見たかすみが、驚きと喜びの混じった表情で呼んできた。勇矢以外の名前を……  「直弥さん!」  かすみの心の傷は、勇矢の想像以上に深いと痛感した。  彼女は、絶対に二人を間違えなかった。そこまで悲しんでいると知った勇矢は(つら)くなった。  「ごめん、かすみちゃん。俺で」  口調で直弥でないと気づいたのだろう。一瞬で喜びは消えて泣きそうな表情になった。
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