第五章 すべてを包む愛-針葉樹の森のように

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 ***  両親は反対しなかったのに、不満を言ってきたのは、無関係なはずの貴和(きわ)だった。  遼雅が結婚して息子が生まれた。  将貴(まさき)が後継になる可能性は皆無に近くなった。なので、独身の弟の後継ぎを狙っているようで、勇矢が来た時に訪問することが多くなった。  互いに、以前()めたことはなかったように会話をしている。貴和の思惑はともかく、勇矢は親を悲しませたくないというだけだ。なので、久しぶりになる姉の不穏当な雰囲気だった。  「どうして貴方があんな会社に出向なの。勇矢は霧山家よ。商事に決まってたのに、あの程度の会社に行くなんて。  あの女のせいでしょう?まったく、伯父さまたちは何を考えているのかしら。直弥が死んだのだから、あんな母子、実家に帰すべきよ。  お父さまたちだって気を使う必要はないのに、何を遠慮しているの」  両親は押されたようで黙っているが、勇矢は姉に言い返した。  「俺の勝手だ。姉さんに口出しする権利ないぞ。  俺は直弥を忘れたくない。伯父さんたちの気持ちが痛いほど分かる。だから喜んで参加するんだ。かすみちゃんのためじゃない。自分のためだ。  直弥が死んで(つら)いんだよ。直弥が望んだことをしたいんだよ。  姉さんは従弟(いとこ)が死んでも何も感じないのかよ。そんな姉を持った俺は本当に不幸だよ!」  勇矢の心の痛みが(あらわ)れた言葉だったが、貴和には通じなかった。彼女には最後の言葉だけが意味を持って聞こえたようだ。  「私が姉で不幸ですって!私こそ、こんな愚かな弟を持った不幸な人間よ。  そんなことを言う人間は勝手にすればいいのよ。この家の後継ぎも勝手に探しなさい。将貴にさせるのは認めないわ」  貴和は、怒りを両親にも向けた。  「お父さま、お母さま、分かったわね。  勇矢の顔も見たくない。私が来る時は絶対に来させないで!」  大声で叫んだ後、貴和は足音も激しくリビングを出ていった。ドアの開閉の激しい音がして静まると沈黙が落ちた。
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