第五章 すべてを包む愛-針葉樹の森のように

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 溜息をつきながら、父親が勇矢に声を掛けた。  「気持ちは分かるが、姉に対しての言葉ではないぞ」  普段なら、バツが悪い表情で頷く勇矢だが、今回は拒否してきた。  「父さんの言うこと分かるけど、俺、我慢しない。もう限界だ。  あの言葉はない。直弥がいなくなって、どれだけ(つら)いか……分からない姉さんに謝る必要感じない。  俺、悪いって思ってないよ。  もし、謝れって言うなら、俺、もう家に来ない。息子はいないって思ってくれていいから」  強硬に謝罪を拒む勇矢に、両親は困惑しているようだ。彼らにしても、娘に対して甘いという自覚はあるようだった。  嫁いだ娘に対して甘くなるのは分かるので、今まではある程度無視していた。  だが、今の勇矢はかすみが一番大切だ。彼女への暴言を(ゆる)せるほど勇矢は穏やかな性格ではない。姉弟の衝突は回避できなかったのだろう。  「父さん、母さん。俺、しばらく帰らないよ。困らせたいわけじゃないから。  俺もしばらく離れて落ちつきたい」  息子は、娘よりも遥かに親に対する態度は柔らかい。好き勝手をしたという自覚が勇矢にあるからだ。しかも独身だ。余計に罪悪感があった。  両親は申し訳なさそうだ。どちらも二人には大事な子供。だから、余計に(こじ)れた関係は辛いだろう。  だが、今回は、姉からの謝罪がない限り歩み寄る気はなかった。
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