第五章 すべてを包む愛-針葉樹の森のように

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 彼女の顔を上げさせて軽く唇を合わせると、かすみは大きく目を見開いて、勇矢の名前を茫然(ぼうぜん)と呼んだ。  「勇矢さん……」  彼女を包んだまま、勇矢は秘めていた想いを伝えていた。  「俺、ずっと君を愛してたんだ。直弥が生きてる時から。  直弥がいる時は、三人といられるだけで満足だったんだ。でも、今は違う。君と紘基をずっと守っていきたい。  一緒に人生を送りたい……」  ここまで言うと、かすみは勇矢の腕から(のが)れた。拒絶されたと、勇矢が(あきら)めの思いを感じた時、かすみはブラウスのボタンを外していた。  「かすみちゃん……」  硬直する勇矢の目の前で、彼女はブラウスを脱いで、ブラジャーも外した。思わず視線を外す勇矢に、初めて聞く彼女の鋭い声が届いた。  「見てください」  凛とした声に逆らえないものを感じて、勇矢は彼女に視線を戻した。初めて見る彼女の肌に息を飲む。かすみは右の胸を勇矢に見せてきた。  「……っ」  思わず喉が鳴った。かすみの右の乳房の脇側に赤い痣があった。どう見ても歯型だ。誰のものか確認の必要はない。  「分かりますよね。直弥さんの噛んだ跡です。彼は、噛んだ時に謝ったんですけど、私は残ってほしいって言いました。そして、私の願いのとおりに、直弥さんの噛んだ跡はこうやって残ってます。  勇矢さん。  これを見て(ひる)みましたか。それなら、さっきの言葉は聞かなかったことにします。今までどおり親戚としてのお付き合いを……」  かすみの声が途切れた。勇矢は、彼女の左の胸に優しく触れたからだ。
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