21人が本棚に入れています
本棚に追加
第一話:三日後の地球(滅亡済)
――三日前の朝、バビニクが夢のない眠りから目覚めた時、自分が美少女に変わってしまっていることに気が付いた――
「ハカセ、タイヘンです!」
うらぶれた四畳半の和室。
ふすまをターンと開けてロボットが飛び込んで来た。
「うおっ……なんだなんだ」
シケたセンベイ布団で眠っていた私は飛び起きる。
飛び込んで来たロボットは呼吸も必要ないのに「ハァ……ハァ……」と肩を弾ませながらこう言った。
「朝ごはん作ってたらトースト焦がしちゃって……」
「なんだそんなことか」
なんたるしょうもなさ。私は布団を被って二度寝を決めた。
しかしロボットがこう続ける。
「ハカセ、あと巨大ロボが侵攻してきました」
「それ早く言お?」
私はバビニク。見ての通り天才美少女科学者だ。
コイツはイチゴウ。私が初めて作った自律型ロボットだ。
ここは地球。今はちょっと滅びている。
アレはやばいロボット。時々研究所に攻めてくる。
ずしーん……ずしーん……。
そんな感じのテンプレめいた地響きと地揺れと。
パジャマからセーラー服に着替えた私を、イチゴウが出迎える。
「ハカセ、今日はどんな武装で行きますか?」
「やっぱカタナだろカタナ。よーしパパ大剣豪の動きをトレースしたプログラム『誰でもコジロー』をお前にインストールしちゃうぞバリバリー」
「そんなのいつの間に作ったんですか? やっぱ天才ですね!」
「天才美少女科学者だからな」
「中身おじさんなのに……」
そう、天才美少女科学者バビニクこと私は、男だ。
肉体ではなく、精神が男なのである。ジェンダーのあれこれ……ではなく本当に昔は肉体も成人男性だったのである。
ちなみに年齢はなかなかダンディズムがはかどる年頃……だったと思う。要は後天的に肉体だけ美少女になってしまったわけで。
――その理由は何ぞや?
一体何がどうなって成人男性が美少女に?
「ハカセ、モノローグしてないで出撃しますよ」
「お前……なぜ私の脳内を」
「ハカセがインストールしてくれた読心プログラム、ココロヨメールのおかげですね」
「そういえばそんなの作ったような」
さておき。
このままだとあの巨大ロボに研究所ごと踏み潰されてしまう。
巨大ロボはその名の通り巨大だった。ビルぐらいある。見た目は少年時代に遊んだロボットフィギュアがでっかくなってリアルになったような感じだ。
「ゆけっイチゴウ!」
「了解です、ハカセ!」
そんな巨大ロボに立ち向かうのは人間サイズの――巨大ロボと比較すればパイロットサイズの――ロボットだ。刀一本を手に、大きな道路で巨大ロボを待ち受ける。
イチゴウが刀の切っ先を突きつけ敵対意思を示した瞬間、巨大ロボが武装を展開――惜しげもないほどミサイルが乱射される。
走り出したイチゴウは、猛烈に飛んで来るミサイルを走る速度はそのまま紙一重でかわしたり、跳んで足場にしたり、すれ違い様に一刀両断したり、信号やら壁やらを跳んだり駆けたり。
その後方では数多のミサイルが爆ぜまくって爆煙を上げ、周りのビルを瓦礫に変える。
……アニメにしたら作画が凄く面倒臭そうな動きだ。
私は廃墟のカフェのテラスにて、水筒に入れてきたコーヒーを片手にロボット大戦を眺めている。
机の上には焦げたトーストで作られたサンドイッチ。キュウリとハムが詰まっている。
「にがっ……」
焦げた部分は苦かった。そらそうだ、焦げてるんだから。
そして私がトーストの焦げた部分をむしっている間にも、イチゴウと巨大ロボの戦いは白熱を極めている。
「刀キック!」
イチゴウの鋭いキック(刀キックと言ったが刀は使っていない)が巨大ロボの脚部にブチ当たる。
傾いた巨大ロボは、バランスを崩しながらも目を光らせた。次の瞬間、目からビームが放たれて、射線上にあった建物が軒並み両断されて崩れ落ちる。
余波はテラスにまで及んだ。巻き起こる風に、私のサラサラ美少女ヘアーがエモい感じにひるがえった。
私は白魚のような指で白銀の髪を掻き上げる。そう、私は見ての通り美少女なので、銀髪赤目セーラー服と属性マシマシなのだ。
私が私の美少女具合に戦慄していると、例のロボットバトルは遂に決着が着いたようだ。
イチゴウは『燕返し』なる達人剣技で巨大ロボットを頭の天辺から真っ二つ、ワザマエ。神妙に刀を鞘に収める『チンッ』という小気味いい音と同時に、その背後で巨大ロボットが大爆発。
――これだけ大規模破壊が起きても、警察も軍隊も消防隊も現れない。
群がるマスコミも、逃げ惑う民衆すらも、何もない……。
人間がいない。
人間はいない?
私はこの滅んだ地球で、私以外の人間を見たことがない。
風化しつつあるコンクリートジャングルはひたすら静かだ。
私はコーヒーの黒い水面を見つめる。
時折襲ってくるあのロボット達は何なのか?
なぜ世界は滅んでいるのか?
人間はもういないのか?
なぜダンディだった私が美少女になってしまったのか?
そしてもう一つの大いなる疑問。
私は三日前から昔の記憶が何一つないのだ。
覚えているのは自分のバビニクという名前、男であること、美少女ではなかったこと、天才科学者であること、イチゴウのこと。
――なぜ私は記憶を失っている?
謎を解き明かす為にも……
まずは三日前のこと、すなわち私の記憶の始まりから情報の整理と推理を始めよう。
イチゴウが戻ってくるまで、まだ少しだけ時間がある。
最初のコメントを投稿しよう!