1/1
14人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ

僕はよくモノを失くす。 書類など大事なものほど、「これは大事だから!」と別のところに置いて 何処に行ったのだか、書類の袋だけが手元にあるなんてざらだ。 お財布しかり。家の鍵しかり。 その僕がどういうわけか、忘れ物一位に常にランキングされる傘を 一度も忘れたことが無い。 その傘は決して高いものではない。 普通の透明のビニール傘だ。 無くならないし壊れないものだから、当然ずっと使う。 ご存知の方も多いと思うが、安いビニール傘は 直ぐに錆びるし柄も曲がる。 もういい加減新しいのが欲しいなぁ、なんて事も思うのだが、 貧乏性の僕は、中々使えるものを捨ててまでは買うのを渋ってしまう。 ただ、この傘はなんだか怪しいのだ。 以前コンビニで働いていた時、急な雨振りで困っていた おばあさんに持って行ってくださいと、差し出すと 翌日には帰ってくる。 他の方にまた貸しても、戻ってくる。 あまり観たことのないお客様で、小さな娘さんを連れたお母さんに、 もう捨ててもいいですから、とこの傘を使ってもらった。 翌日遂に、傘は帰ってこず 最後の最後でお役に立てて良かったなと思った三日後。 このボロ傘は丁寧に乾かされて、たたまれて おまけに菓子折りまでついて戻ってきたのだ。 僕がたまたま出勤前で、同僚が受け取ってしまったので もう受け取らない訳にも行かない。 申し訳なくも、菓子折りは皆で美味しくいただいてしまった。 ここまでくると、僕はハタと考えてしまった。 日本には古来より、長く使っている物には「モノ」が憑くという。 ビニール傘が十年、というのは長いのかそうではないのか解らないが コイツにはなにかしら、ツクモガミがついているんじゃないだろうか・・。 まじまじと開いて眺めても、特に目玉も足もベロも見つからないが 何が楽しくて、僕の所なんかにいるのだろうと首をかしげた。 それから数日後、僕の街に小さな台風が通り過ぎた。 僕はいつものようにその傘で外に出た・・・途端、 ぼっすーんという凄い音がして、 傘のビニールの部分だけが、空高く舞い上がった。 僕は骨だけになった傘をさして、空を見上げると 何とも心楽し気に、速い雲の流れに乗ってビニールは 一気に高く高く昇ってゆく。 ああ・・ツクモガミさまが行ってしまった・・。 僕は大雨に打たれながら、見えなくなるまで空を見上げていた。 翌日骨だけになった傘は、小さく折りたたんで、 金属のゴミの収集場にそっと立てかけた。 不思議な楽器のようになったそれは 飛び去った相棒をまだ待っているように、そこに佇んでいた。 僕は小さな声でお疲れ様、と言ってそこを離れた。 ツクモガミさまはどこまで旅をしているのかな。 どこかの森で、今度は 小さな鳥や、捨てられた子猫たちの雨避けになっているといいな。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!