迷える天使たち

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 血糖コントロールのために入院してきた山岡さんは、76歳、とても品のいいおばあさまだ。それもその筈、4年前に亡くなったという旦那様は外交官だったという。一般庶民の私には、外交官の妻というものがどんな生活をしてきたのか、まったく想像もつかないが、おそらく「おセレブ」で間違いないだろう。山岡さんは笑うとき、揃えた指先を下唇に軽く当てて「ほほほ」と笑う。  その山岡さんは、入院3日目にして、病棟内でちょっとした有名人になっていた。昼間は指を当てて「ほほほ」の山岡さんだが、夜中になると豹変するというのだ。 「夜間せん妄でしょ。よくある話じゃん」 「いいや違う」  私を真っ向から否定したのは、今日の夜勤の相方である鈴村だ。看護学校の同級生なので、互いにいろいろ容赦ない。 「最初はみんなそう思ったよ、入院で環境変わったからさ。でも、どうやら違うみたい」 「何が違うの」  休憩室のテーブルに夜食(お菓子含む)を並べながら、私は首を捻った。 「まず、入院初日の夜。山岡さんがブツブツひとりで喋ってたって記録にあったの覚えてる?」 「うん」 「翌日も、そのまた翌日も、夜中にブツブツ、しかも乱暴な言葉を使ったりするらしい」 「だから夜間せん妄でしょって」 「それがさ。アタシ気付いちゃったんだけど、山岡さんがブツブツ喋りだすのって、いつも同じ時刻なんだよ」  はあ?  え、なに、鈴村は何が言いたいの?
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