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あの制服は北高だろうか。川の向こう岸から、女の子が二人、こっちに向かって手を振っている。
郁は、そうちゃんと並んで土手の草の上に腰を下ろしていた。水辺に生えた草の葉が、微かな風に揺れている。どこかへ帰っていくところなのか、からすが、かぁ、と鳴いた。
夕暮れ時のせいか、少し肌寒く感じた。そうちゃんが途中の自販機で買ってくれた、缶入りのミルクティーを包み込むように持って手を温める。
対岸の女の子たちは、まだ手を振っている。そうちゃんが、軽く手を振り返した。一体何が嬉しいのか、女の子たちがぴょんぴょんはねている。
「ねえ、そうちゃん」
「ん?」
「そうちゃんって、こっちにいた頃、彼女いた?」
そうちゃんは、缶コーヒーを吹きそうになった。
「えっと、なに、恋の話ってやつ?」
「ううん、そういうんじゃなくて」
「郁も、もう高校生だもんな。そうかあ」
聞いてない。何だか一人で納得しているそうちゃんに向かって、郁は言った。
「わたしの話じゃないよ。そうちゃん、結婚するんだって?」
ちょうど吹いてきた風が、周囲の茅の葉を揺すった。
葉擦れの音に紛れたかと思ったけれど、ちゃんと聞こえたらしい。コーヒーを口に運んでいたそうちゃんの動きがぴたりと止まり、今度こそげほげほと咳き込んだ。
「大丈夫?」
郁は、そうちゃんの顔をのぞきこんだ。
「悪い、むせた」
そうちゃんは、何度か咳払いをして、息を整えた。それから、首をかしげるようにして少し考え、言葉を継いだ。
「うん、まあ、そのつもり。情報、早いなあ」
ちょっと恥ずかしそうだ。
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