第3学期

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「一緒に片付けます」と申し出た奈緒ちゃんに、おばあちゃんは「今日は大事なお客様なんだから、次からね」と言った。  それから「くたびれたでしょう、のんびりしてね」とお風呂に送り込んだ。  そういうわけで、お母さんとおばあちゃんが、キッチンのシンクの前に並んでいる。  郁は、ふきんを手に洗い終わった食器を片付ける係だ。とは言っても、今日のお料理は仕出しだったので、大した仕事はない。 「本当に、いいお嬢さんやね」  コップを洗いながら、おばあちゃんがしみじみと口にした。口調に安堵がにじんでいる。  もしかしたら、郁と同じように「若い子とミュージシャン」みたいな想像をしていたのかもしれない。 「奈緒ちゃんね、聡と同じ部屋だって知ったら、気の毒なくらいおろおろしちゃって」お母さんがくすくす笑う。 「あれはかわいかったなあ。あたし、聡にはちゃんと『寝るのは同じ部屋でいいか』って事前に確認したんだけど」 「とにかく、よさそうな人で安心した。仲もいいみたいだし」 「本当にね。お父さん、絶対『でかした』って思ってるよ、あれ」 「お父さんも、でれでれだったもんね」「あからさまよねえ」という言葉が飛び交う。  ひとしきり賑やかに言い合ったあとで、おばあちゃんがぽつんと口にした。 「聡はねえ、ほら、いろいろあったし、誰かと一緒になるとかは、もうないんじゃないかって思ってたからね」 「そうね」とお母さんが優しく相槌を打った。 「まさか今日みたいな日があるなんてね。悲しいこともあるけど、嬉しいことだってあるんだねえ――」  そうちゃんの“いろいろ”というのが何なのかは知らないけれど、そうちゃんだって、そうちゃんの人生を生きてきたんだろう。  生きていれば、きっといろんなことがある。まだ高校生の郁にだって、いろんなことがあるみたいに。
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