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おじいちゃんの家には、先月引っ越してきたばかりだ。だから、毎年、近所のどこにツバメが巣をつくるのか知らない。
うっかりツバメの巣と遭遇してしまわないように、居心地がよさそうな軒下がある店には近寄らないように気をつけていたのに、今朝は、「いい天気だなあ」とか「空が青いなあ」とか考えながら歩いていたせいで、注意が足りていなかった。
「しまった」と思った時にはもう、郁は、酒屋さんの軒下でツバメの親子の小さな住まいを見上げていた。
青いビニールが貼られた軒の下、スチールの骨組みの付け根あたりに、一生懸命つくったのだろうと思われる巣がくっついていて、その端っこから、お母さんツバメの尾羽がのぞいている。
小さなヒナが何羽も、大きな口をぱかっと開けて、ごはんをねだっているのが見えた。
今年の春まで、親子三人で、隣の区に住んでいた。中学校への通学路に、文房具屋だか駄菓子屋だか分からない小さな店があって、おばちゃんが、棒アイスだとか、香りつきの鉛筆だとか、そんなものを売っていた。
その店の軒下に、毎年ツバメが来ていた。
朝夕、店の前を通って登校する時、ツバメの様子を見るのが楽しみだった。巣をつくり、卵が産まれて、そのうち孵化し、親鳥は子育てで大忙しになる。
毎年、その様子を眺めていたのに──。
地面に落ちたツバメの巣と、巣があった場所のまわりを飛び回っていた親鳥たちの姿を思い出すと、今でも胸が痛くなる。
──あの時、ツバメを助けることができたなら、お父さんはまだここにいたのかもしれない。
ばかげた考えだ。何の関係もないと分かっていながら、ツバメの巣を見るたびに、なぜか、そんな非論理的なことを考えてしまう。自分でも、どうかしていると思う。
──ちゃんと無事に巣立ちますように。
郁は、心の中で願い、巣から目をそらして、再びバス停に向かって歩き出した。
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