第1学期

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「あのね。伴奏のこと、先輩にね、『よろしくお願いします』って、伝えてもらってもいい?」 ――いいよ。 「あ、でも、先輩に教室に来てもらうのは気が引けるから、香奈ちゃんと一緒に合唱部に行こうかな。いいよね?」 ――もちろんだよ。先輩、喜ぶだろうなあ。 「期待外れにならないように、がんばるね」 ――ないない、それはない。  香奈ちゃんが、電話の向こうで楽しそうに笑った。  明日のことをちょっとだけ相談して、通話を終えた。郁は、スマホを手に持ったまま、ベッドの上にころんと転がった。  夜の庭から涼しい風が入ってくる。頭の上で、カーテンがふわっとふくらんだ。風の中に、かすかに夏の夜の匂いがして、いつの間にか次の季節が始まっていることに気がついた。  ふいに、そうちゃんの言葉を思い出した。  “郁は生きてて、郁のまわりも生きてて、どっちも一緒になって、いろんなことが動いていく。とどまったり遡ったりはしないし、できないんだよ”  うん、そうだね。    郁は、心の中で返事をした。少しの間、揺れるカーテンを下から眺め、それから、えいっ、と勢いをつけて起き上がった。  未来はだれにも分からない。でも、きっと、想像もしないような賑やかな毎日が、この先に待っている。  それだけは、たぶん間違いない。
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