第1学期

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   ***  ピアノを弾くのは楽しい。  譜読みはちょっと面倒くさい時もあるけれど、音が頭に入ってしまいさえすれば、後はひたすら弾くだけだ。  指が回らない部分があれば、何度も何度もその部分を繰り返す。指を動かすと、なんだかすっきりした気分になる。もしかすると、運動と同じようなものかもしれない。  指が音符を覚えたら、緩急をつけ、強弱をつけて、曲を仕上げていく。小さな音もきちんと出す。フォルテシモより、実は、ピアニシモの方が難しい。  もちろん、いろんな表現ができるようになるには、指をコントロールできることが最低の条件だ。そのためには、練習曲が欠かせない。  小さいころは、ツェルニー練習曲の意図的に繰り返される音階や、難しい指遣いを克服させるために執拗に同じ指番号が振られた楽譜が大嫌いだったけれど、今は結構楽しい。特に、速い速度が指定されている曲なんて、ノリノリで楽しんでしまう。  だけど、人と一緒に演奏するのは、もっと楽しい。  音高なんかに行けば別なのかもしれないけれど、ピアノを個人でやっていて、ほかの人、特にほかの楽器と協演するチャンスなんてめったにない。しかも、上手い人とやる機会となると、さらに限られてくる。  そんなことを考えながら、郁は、グランドピアノの右側に座ってアコースティックギターのチューニングをするそうちゃんを眺めていた。
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