第1学期

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 タイトルの「ほわほわ」というのはどうかと思うけれど、優しい曲のイメージには合っている。タイトルの右下に「小山内聡」と署名が入っている。 「ねえ、そうちゃん、“ほわほわ”ってどういう意味?」  お母さんの弟は、ちょっと考えて言った。 「時間とともにいろんなことが起きて、でもどんなことがあっても、ほわほわーって人生とか物事とかは続いていくんだなあ、っていうような意味」 「分かるような、分かんないような」 「まあね。ちょっと感覚的過ぎだね」 「ふうん」と返した郁に、そうちゃんは笑った。 「こっちはOK。郁は?」 「ピアノはチューニングなんていらないもん」 「あ、そっか」  相変わらず、どこか抜けている。 「テンポ、このくらいで大丈夫かな」  そうちゃんが、自分の前に置いた楽譜立てを、爪の先でかつかつ叩いた。Moderato。76くらいだろうか、そんなに速くない。郁はうなずいた。 「じゃあ、四拍カウントしてスタートね」  一、二、三、四──。  そうちゃんの指がなめらかに動き、ギターが、柔らかい、優しい音を奏でる。四小節目の終わりから郁のピアノが加わって、響きが何層にも重なりながら広がっていく。  ああ、この音だ、と思う。  小さい頃から聞いてきたギターの音。たぶん、すごく上手い。それだけじゃなくて、そうちゃんが紡ぎ出す音には一種独特の間があって、ほかの誰の音楽とも違っている。  前から感じてはいたけれど、自分がある程度ピアノが弾けるようになって、改めて気づけた部分もある。きれいな調和が心地いい。そして、やっぱり優しい音だ。
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