1954人が本棚に入れています
本棚に追加
「やわらかな光が──」
ふいに、そうちゃんが歌い始めた。
──歌詞があったんだ。
ハスキーだけど透明な感じがする不思議な声だ。前に一度だけ聞かせてもらった時にも感じたけれど、どこかで耳にしたことがあるような気もする。
そうちゃんの歌を聞いているうちに、なぜか、あの最後の日の病室を思い出した。
隣に立っていたお母さんの手。個室の窓から、遠くに見えた海の色──。
高校入試の翌日だった。もしかしたら、お父さんは、郁の試験が終わるまで待っていてくれたのかもしれない、と思う。
「試験、ばっちりだったよ」「制服、楽しみにしてて」。お父さんに伝えようと思っていた言葉が、ちゃんと届いたかどうかは分からない。
そうちゃんの声とギターが、優しくピアノに寄り添ってくれる。
「僕たちをめぐるものは、いつも優しくて──」
そうなのかな。わたしをめぐるものはいつも優しいのかな。
──もう二度と、お父さんに会えないのに?
でも、お母さんは元気だし、おじいちゃんやおばあちゃんと一緒に住めるようになった。そうちゃんも、普段は遠くにだけど、ちゃんといてくれて、時々はこうして会いに来てくれる。友達だっているし、ちょっと煩わしいけど和泉だっている。
それでも、いつもと違うことや変わっていくことに苛立ってしまったり、相手に当たりたくなったりしてしまったりするのはなぜだろう。
最初のコメントを投稿しよう!