第1学期

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 合唱コンクールの伴奏だってそうだ。新しいことをやるのが嫌なだけ。別に、弾くこと自体が嫌な訳じゃない。 ──お父さんがいなくならなかったら、こんな風に思うこともなかったのかな。  涙がぽとんと落ちた。  ぬぐわないと、次の涙が溢れてしまいそうだ。でも、指を動かし続ける。何気ないようでいて、けれど緻密に作られた間奏が、押しつけがましくなく盛り上がり、リピートして前のパートに戻る。  三月のあの日から、絶対に泣かないと決めていた。なのに、涙が出てしまうのはきっと、このメロディーと声のせいだ。  でも、この歌のタイトルって──。  “ほわほわ”  ひらがな四文字が、ぱっと頭に浮かんだ。郁は、思わず吹き出した。  こんなに素敵な歌なのに、よりによって、タイトルが“ほわほわ”って、ありえない。 ──だから、そうちゃん、売れないんだよ──。  うっかり触れてしまったキーの変な和音の響きを残して演奏が止まった。泣きながら笑っている郁を、そうちゃんが優しい顔で見ていた。
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