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第11話「スナオ・ナールの悪戯」
谷村渉は、葛藤していた。
腕を組み、なんなら足も組み、限界まで眉根を寄せ、テーブルの上にぽつんと佇む小瓶を睨む。
『スナオ・ナール』
フロントにいた男が、無料サンプルだからどうぞと、こっそり谷村に握らせたものだ。
なんとこれを飲んだ者は、どんなに捻くれた性格であっても、問答無用で素直になってしまうらしい。
一見すると普通の栄養ドリンクのように見えるが、液体が紫色なのが怪しい。
さらにラベルがいかにも手書きっぽいところも、ものすごく怪しい。
まさか……と思う反面、もしその効果が本物なら、ぜひ彼に飲ませてみたい。
だが、すでにこうして堂々と一緒にラブホにやって来る仲だ。
今さらこんなもの必要だろうか……?
「ふう……さっぱりした」
タオルで髪をかき混ぜながら出てきた花戸は、全裸の谷村を見て、思わず歩みを止めた。
油断するとついそこを凝視しそうになる自分を叱咤し、なんとか目を背ける。
「あ……ごめん。Tシャツ、勝手に借りた」
「全然いいっスけど……もしかして、下はノーパン?」
「……っ」
「へえ……」
ムラムラと音を立てながら、煩悩に最初の火が灯るのを感じる。
谷村は決心した。
小瓶を手の中に隠し、グラスの中にそれを移し入れる。
そして、上からミネラルウォーターを注いだ。
大丈夫だ。
まさか、本当に効くはずがないのだから。
「花戸さん、咽喉、乾いてますよね……?」
*
三十分後。
谷村の目の前で、男の尻が揺れていた。
花戸の桃尻が。
「んっ……はぁっ……あぁん!」
いつもは恥じらうばかりで頑なな蕾が朱色に火照り、ぴたりと合わさった人差し指と中指が、ぬっぽぬっぽと音を立てながらそこを出入りしている。
「んっ、んっ……渉、どう……?」
弓なりにしなっていた背中を丸め、花戸が振り返った。
んふ、と鼻から甘い息を吐き、引っ付いていた二本の指を拡げてみせる。
ぬちっと音を立てて離れたそれは、奥に秘められた淫らな世界を露わにした。
「最高ッスよ。最高に上手」
すると花戸は、目尻を下げて笑った。
まるで、邪を知らない無垢な子供のように。
全身の血液が、ある一点に続々と集まってくるのを感じる。
「直也……」
「んっ……はあぁっ」
いやらしく蠢く背中に覆いかぶさり耳元で囁くと、肩と一緒に、花戸の雄もぴくんと跳ねた。
下の名前で呼ばれることに元々敏感な彼だが、今夜は特に反応が初々しい。
これも『スナオ・ナール』の副作用なのだろうか。
「花戸さん、もういいよ」
「え、あ……っふ!」
根元まで埋もれていた指を引き抜くと、花戸の後ろ姿が尻ごと痙攣した。
柔らかい双丘を割り、滑る先端をそこに当てがう。
熟れきって引くつく蕾を、昂った情欲でゆっくりと押し広げようとした時、
「だ、だめだ!」
「へ……?」
花戸の身体が勢いよくひっくり返った。
「挿れたら別れる!」
「はあ? なんでスか」
「だって……今日はどうしても俺のひとりエッチ、見ててほしいから……あ、あ!」
うっとりと酔ったように言い、花戸はまたひとりの世界に戻ってしまった。
仰向けになった身体の中心でそそり立つそれを握りしめ、両手で扱き始める。
「なんで俺がいるのにひとりで……あ?」
谷村の頭の中で、昔ながらの豆電球が点灯した。
スナオ・ナール=素直にオナ……る?
まさか、そんな。
『素直になる』から採ったと思うのが普通じゃないか。
やっぱり、あのフロントの男はインチキ野郎だったのだ。
「はっ……はあっ……」
視界の中心では、恋人に見られていることも忘れてしまったのか、花戸が昇りつめようと一生懸命頑張っている。
確かにいつもの彼と比べれば何倍も素直だし、何百万倍もエロい。
だが……いや、だからこそ、谷村は、ものすごくイラッとした。
「あっ……?」
「あんた、俺のことこんな風にしておいて、放っておくつもりスか」
花戸の目と鼻の先にぶるんっと現れたのは、血管の筋が浮き上がるほど膨張した谷村のそれ。
「俺を見てただけで、こんなに……?」
谷村は、肯定の意を、瞬きせずに視線で伝えた。
花戸の咽喉仏が、ゆっくりと上下する。
「じゃあ、その、どうしてもって言うなら――」
「どうしても」
「答えるの早っ……あ、うわ、んんっ」
長細い脚を膝の裏から抱え上げ、一気に挿入した。
すると花戸の身体が大きく跳ね、吹き出た精が腹を汚していく。
「ふっ……ぅん……!」
「挿れただけでイったんだ? えっろ」
「だって……はぁっ、気持ち、よかった……」
「素直スね。はい、ご褒美」
ちゅっと口先を吸うだけのキスを施し、谷村は律動を始めた。
強すぎる快感から逃れようと喘ぐ恋人を組み敷き、本能のままに腰を打ち付ける。
「あ、いやだ……っ」
「嫌?」
「もっと……っ」
恋人の素直な要求に、谷村は綺麗に笑った。
*
自分の腰に巻き付いたまま、すやすやと寝息を立てる恋人を見下ろし、谷村は視線を巡らせた。
シーツはぐちゃぐちゃで、ふたりとも全身デロデロかつドロドロで、咽喉もカラカラだ。
「これ、万が一記憶が残ってたらやばいよな……?」
空になった『スナオ・ナール』の小瓶を持ち上げ、谷村は思案する。
別れる!
嫌い!
最低!
ろくでなし!
ひとでなし!
彼の口から飛び出すだろう罵詈雑言は、容易に想像がついた。
きっと今のうちに証拠隠滅しておいた方が良いのだろう……が。
「わたる……すき……」
恋人の甘い寝言にあっけなく絆された谷村は、つかの間の平穏に身を委ねることにしたのだった。
「おやすみ……直也」
そう。
つかの間の平穏に――。
fin
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