第7話「肝試し」

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第7話「肝試し」

花戸(はなど)……?」  ふいに僅かな抵抗を感じ、木崎(きざき)真彦(まさひこ)は後ろを振り返った。  足元を照らしていた懐中電灯の角度を変えると、ぼうっと浮かび上がるのは男のひきつった顔。  同期の花戸(はなど)直也(なおや)だ。 「なに、どした?」 「いや、そっちこそどうした?」  木崎の訝しげな視線を追いかけると、いつの間にか花戸の右手が木崎のTシャツの裾を皺くちゃにしていた。 「わ、悪い!」 「別にいいけど、お前こういうの苦手だったっけ?」 「()()()見せられてからダメになった……」 「ほん怖?」 「本当にあった怖い話」 「ああ、テレビの……」  木崎は、花戸が『誰に』それを見せられたのかを瞬時に理解した。  そして、醜い感情がふつふつと湧き上がってくるのを自覚する。 「ほら、捕まりな」  それを払拭するように、勢いよく左手を差し出した。  暗闇の向こうで、花戸の白い目が丸くなる。  やがて躊躇いながらもしっかりと絡みついてきた指先は思った以上に冷えていて、木崎は笑みを深めた。 「ペア、一緒だったら良かったな」 「え?」 「谷村(たにむら)と」  冷たい指先が、ぴくりと強張った。  社員旅行の最終日、なにを思ったのか幹事がシークレットイベントとして肝試しを盛り込んでいた。  くじを引いて同じ番号のふたりがペアになり、旅館の裏山を頂上まで登って証拠写真を自撮りして帰ってくる。  ミッションはたったのそれだけで 肝試しとしては(いささ)か退屈に感じたが、夜の森は闇が深く、予想以上に気味が悪かった。 「いや、木崎でよかったよ」 「そうなのか?」 「谷村にこんな格好悪いところ見られたら、別れるしかなくなるだろ」 「それなら、ますます花戸のペアが谷村だったらよかったのに」 「なんで?」 「お前が谷村と別れたら、傷心を癒すっていう大義名分でつけ込む隙ができる」  また、花戸の指先が痙攣した。 「やっぱり好き……なんだな、谷村のこと」 「は……?」 「なんでよりによって谷村なんだよ?」  墨色の世界に、今度は木崎の目の形がくっくりと浮かび上がる。 「お前のことは同期って以上に友達だと思ってたし、これからもずっと友達でいたいと思ってる。それなのにお前()谷村が好きなら、どういう結末になったって俺たちの関係は終わりだろ」  花戸の声色がだんだんと湿ってくる。  木崎はなにをどう突っ込んでいいのか分からず、最初にせり上がってきた思考をそのまま口にした。 「花戸、俺はお前が好……」 「ぎゃあああぁぁぁぁっ!」  キーンと耳の奥が(いなな)き、上半身がなにかにぎゅうぎゅうと締め付けられた。  反動で仰け反った身体は背中を太い木の幹に受け止められ、なんとか転倒を免れる。  ぐわんぐわんと回転する頭を押さえながら、木崎は小刻みに震える花戸の背中をさすった。 「花戸」 「な、なんか、い、今、肩に……!」 「花戸、大丈夫だから」 「か、肩にポンって、ポンって肩がぁ……!」 「花戸って」 「うへぇ……?」 「王子様のお迎えだ」  視線で促され、花戸は恐る恐る背後を振り返った。 「た、谷村……!?」  そこにいたのは、(くだん)の後輩、谷村(たにむら)(わたる)だった。   * 「もうお前とは別れる!」 「なんでですか。散々謝ったじゃないですか」  気を抜くと溢れそうになる笑みを噛み殺しながら、谷村が花戸を追いかける。  細い腕を掴み取り、だがすぐに振り払われた。 「わざとだろ! わざと脅かしたんだろ!」 「だから違うって言ってるでしょ。花戸さん、被害妄想でかすぎ」 「なっ……! だ、だいたい、自分のペアはどうしたんだよ! まさか新人の女の子をひとりにしてきたんじゃないだろうな!?」 「俺がそんなひどいことすると思う? むしろ『彼氏と一緒に行くんで先輩はひとりで行ってくださーい、ごめんなさーい』ってさっさと置いてかれたのは俺の方なんですよ?」  花戸は、う、と言葉に詰まった。  僅かだか標高の高いところにいる花戸は、必然的に谷村に見上げられる形になる。出会った時から、谷村のこの目には弱いのだ。  まるで、捨てられた子犬のような目。 「花戸さん絶対こういうのダメだと思ったから心配になってわざわざ追いかけてきたのに、扱いひどすぎないスか?」 「だ、誰のせいで苦手になったとっ……あ、こら、木崎! なに悠長に一服してんだよ!」 「ん、もう終わり?」  ふぅ〜っと長細い紫煙を吐き出しながら、木崎がにやりと口の端をあげた。  もちろん、すでに昂っている花戸の神経をさらに逆撫でするために。 「知るか! 俺はひとりで行く!」 「ちょ、花戸さん! 危ないって!」 「別れたんだからついてくんな!」  谷村の手から懐中電灯をもぎ取り、花戸はずんずんと大股で山道を登っていく。  どうやら、先ほどまでの恐怖心はすっかりどこかに行ってしまったようだ。  だんだんと闇に紛れていく背中を見送りながら、木崎は鼻から息を吐いた。 「あーあ、せっかくいいとこだったのに」  その姿をとらえた谷村の目が、途端に鋭く、露骨になる。 「あの人は渡しませんから」  あっという間に小さくなっていく谷村の後ろ姿を見つめ、木崎は煙草を揉み消した。  fin
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