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若者たちは気色ばんだ。ひとりの子供がおれの手から金をむしりとると、彼らはいっせいに木の枝を放り出し、嬌声をあげながらブランデー樽が転がるように駆けていった。
「だんな、あんたは命の恩人だ。ああ神よ。ああ神よ。こんな役立たずのあっしにも手を差し伸べてくださるとは。ねえだんな、ぜひとも恩返しをさしてくだせえ」
亀が涙をながした。おれは煙草に火をつけた。
「お前さんになにが出来るっていうんだい」
「だんなの望みどおり、どこへだってお連れしやすぜ」
「旅は苦手なんだ」おれは言った。「たとえそれがサンタ・モニカ・ブルヴァードの交差点を横切るだけの旅程だったとしても」そしてこうつけ加えた。「もっとも、この島のどんなバーよりもましなギムレットを飲ませる、というなら話はべつだがね」
「もちろんでさあ、だんな」亀は揉み手をこする。「とびきりのいい店があるんでさあ。それも海の底にですぜ。おまけにその『竜宮亭』の女将の美しさときたらもう。だんなは海いちばんの別嬪ってのを見たことがおありで?」
「ぜひ拝見したいね。語り種にゃ恰度良い」
「さあだんな、あっしの背中にお乗りなせえ、はやく!」
「ふむ」おれはつぶやいた。「いいだろう」
ちょうどウイスキー・ソーダのグラスが空になったところだったのだ。
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