傷つかずに生きられない俺らは今日も笑う

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 自宅への道を歩いていると、前方にコンビニの袋を振りながら歩く、見覚えのあるパーカーを見つけた。 「えみ!」  後ろから声をかけると、彼女は遠目にも猫のように跳ねて、そろそろと振り返った。 「おどかすなし……」  その顔に、最近見なかった「表情」が光った気がして、俺は駆け寄った。  こんな夜に女の子が一人で出歩くなんて、と思ったが、家から出ようという前向きな気持ちを否定したくなくて、口には出さなかった。  えみも昔、スパイラルが好きだった。  今日のニュースを自慢したい気持ちもあったが、まだ何も動き出していない。適当な話題を探しながら隣を歩いていると、あのさ、と小さな声で話しかけられた。  えみは少しうつむいて、首を傾げる俺をちらりと見上げてから、呟いた。 「あたし、ブスかな……?」  ドキッとした。  えみにも今日、何かがあったに違いない。  些細なことかもしれない。でも、着替えてコンビニまで行ってみようかな、と思えるような、小さな一歩を踏み出させるような、何かが。  俺は芸人の端くれとして、何か笑えることを言いたいと思ったのに、口をついて出たのは、ずっと心にあった本音だった。 「えみより可愛い子なんて、見たことないよ」  妹は、何も言わなかった。  俯いたまま、歩幅を変えずに歩く。  俺はえみのペースに合わせ、黙って隣を歩いた。  沈黙が刺さる。  せめて、バカとかキモいとか、言ってくれてもいいのに。  そう思って歩を進めると、アスファルトを踏む二人の足音の合間に、妹が鼻をすする音が聞こえてきた。  えみはパーカーの袖で、目を押さえている。  泣かせてしまった……  でも、悪くない。  感情を殺して、暗い部屋でうずくまっているよりずっといい。  いつか。  きっといつか、俺が笑わせてやるから。  俺は俯いて歩く妹の頭を、そっと撫でた。  東京の夜空を見上げても、無数にあるはずの星は、新月の夜でもほとんど見えない。  目を凝らすと、白く曇った墨色にたった一つだけ、小さな星が輝いていた。 【了】
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