File No.003

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File No.003

男の名は弓田臣夫(ゆだたみお)――。 草薙がここへ来たことが嬉しかったのか、弓田は嬉しそうに口角を上げている。 「お前の目的は何だ? まさか真面目に『占有屋(せんゆうや)』をやってるわけでもないだろ」 草薙の質問に、弓田は静かに返す。 「答えて俺になんか得があんのか? 草薙(ナギ)のおっさんよぉ」 薄ら笑いを浮かべて返す弓田。 その態度に草薙は、右手で頭を()き始め、大きくため息をついた。 「時間の無駄……」 比奈がポツリというと、軽くストレッチを始めた。 それを見た草薙が、頭を掻いていた手で顔を覆った。 そして、二度目の大きなため息をついた。 「時間が勿体ないので、さっさと終わらせましょう」 「そういうと思ったよ。変わらないねぇ、比奈は」 草薙がため息交じりでいうと、弓田が不服そうに訊く。 「なんだ姉ちゃん? 俺とやろうってのか?」 弓田は比奈を(にら)みつけた。 そして近づいてい行き、上から見下ろす。 短髪、しかもパーカーと短パン姿のせいか、ここに居座っていると聞かされなければ、クライミングジムい通う一般人と見分けがつかない、と比奈は思った。 ……おまけにガタイもいい。 クライマーにしか見えないな。 「聞いてんのか姉ちゃん? いいからどいてろよ。俺は 草薙(ナギ)のおっさんに用がある」 「今ならまだ間に合う。大人しく従うなら見逃してあげるわ。そうだ。白井不動産(うち)で働いていたんなら、緑川薫(みどりかわかおる)は知っているでしょ? よかったら緑川(ミド)さんに頼んで、あなたを会社に戻してあげてもいい。もちろんすぐに正社員というわけにはいかないけどね」 「交渉のつもりかよ。俺は女をいたぶる趣味はねぇんだが、殴られねぇとわかんねぇのか」 それを見ていた草薙が、室内にあるベンチまで行き、腰を下ろした。 そして両腕を組んで(つぶや)く。 「これじゃ俺が来た意味がないねぇ」 草薙の呟きを聞いた弓田が、怒鳴るように言葉を発する。 「あん!? なんだおっさん!? 俺がこの能面(のうめん)姉ちゃんに負けるってのかよ!?」 弓田の言い方に、比奈は顔をピクッと引き()らせた。 そして詰め寄って言う。 「あなた、30は超えてるよね。だからミカサは無理でも、せめて綾波レイとか言えない? クールな女の子に対して“能面”とか“鉄の女”って、結構傷つくんだから」 「はぁ? ミカサ? 綾波? 意味わかんねぇ」 「戦う美少女キャラのことよ」 比奈がそういうと、弓田が右の拳で殴り掛かってきた。 だが、比奈はわかっていたのか繰り出された右手を両手で掴み、そのまま一本背負いを決める。 相手の勢いを利用した高速の一本背負いだ。 マットに叩きつけられ、(うめ)く弓田。 そんな弓田を、比奈は無表情で見下ろしている。 「言い忘れたが、そいつはな。犬上(いぬがみ)の姪で、加藤比奈っていう白井不動産(うち)の新人だ」 「ぐっ、犬上(ガミ)さんの……?」 叩きつけられた衝撃で背中を強打した弓田は、うまく言葉が発せない。 それを見て草薙は、ベンチから腰を上げて、二人に近づいていく。 「ったく、緑川(ミド)の奴になんて言えばいいんだよ」 「言えばいいじゃないですか、比奈の奴がやったって」 「親心ってのがわかんないかねぇ。、緑川(ミド)はお前に危険なことをしてもらいたくないんだよ」 「なら、どうして草薙(ナギ)さんの地獄道場に行かせたんですか」 地獄道場とは、草薙がまだ本社にいる頃にやっていた柔道教室のことだ。 比奈は、緑川に勧められて、草薙から本格的に柔道を習った。 「護身(ごしん)だよ、護身。いざって時のためにってやつだ。大体緑川(ミド)や犬上が反対したのに、お前が白井不動産(うち)に入ったから習わせたんだろ」 「時間の無駄……」 比奈はボソッというと、倒れている弓田の胸ぐらを掴んで起こす。 比奈の態度に草薙は、本日三度目の大きなため息をついた。 「さあ、ここに居座っている理由を教えなさい。金が目的じゃないのなら、一体何が狙いなの?」 「俺は……知らない。何も聞かされてねぇんだよ。ただ、ここに居座っているよう指示されただけだ」 時間が経ったせいか、弓田の言葉がはっきりとしたものに戻っていた。 草薙が二人に近づいて言う。 「共犯(レツ)か?」 「共犯(レツ)? それって警察の隠語(いんご)ですよね。その響き……あたしは『PSYCHO-PASS』のファンなので、ちょっと興奮しますね」 比奈は無表情のままだが、(ほほ)を赤らめ、興奮した様子で言った。 「そしてこの立ち位置……あたしが常森監視官で、草薙(ナギ)さんが征陸執行官……。萌える……萌えるわ……」 ブツブツと独り言を(つぶや)く比奈。 草薙はそんな比奈を気にせずに、弓田に言う。 「共犯(レツ)は、犬上が刺された後に首になった連中だろ。まあ、お前さんを見てすぐわかったけどな」 その言葉を聞いた弓田は、表情を歪めていった。
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