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File No.001
午前8時に出社すると、比奈はコンビニエンスストアで買ってきたブラックコーヒーに口につけ、まずはパソコンの電源をオンにした。
無表情でかったるそうに席に座るが、特に機嫌が悪いわけではなく、いつものことである。
比奈こと、加藤比奈が所属している部署は、白井不動産·第三事業部。
この部署の仕事内容は、物件に居座わる人間や、家賃未納者の対応なのだか、彼女はまだ新人というのもあって、主な仕事は報告書のデータ入力だ。
外への対応が多い部署なので、普段から殆ど人がいない。
比奈は、腕につけていたヘアゴムを取り、長い髪を1つにまとめていつものポニーテールを作った。
本人曰く、“女は前髪があれば可愛くなる”をモットーに、前髪さえ決まれば、あとは束ねておけばいいと思っている。
社内での服装は自由なのだが、やはり外へ回ったり、営業もある仕事なので、比奈はスーツを着ていた。
入社時に購入した、上下黒のパンツスタイルのスーツだ。
それからメールを開き、社内の業務連絡をチェックする。
それらに混じって近々開かれる会社内の飲み会のメールもあった。
「おはよー、おっ! 比奈はそれ行く?」
パソコンの画面を見ていた比奈の後ろから声がした。
同期で同い年の莉々亜だ。
長岡莉々亜――。
コーンロウの髪型と鋭い目つきのせいで強面に見えるが、おでこに前髪があるぶん少し甘い感じも残っているつり目で細身の女性。
莉々亜も比奈と同じパンツスタイルのスーツを着ている。
彼女は、第一事業部の所属で、普段の仕事は電話対応やデータ処理などのデスクワークだ。
廊下で比奈の姿が見えたので、挨拶しに来たようだ。
「……行かない」
比奈がボソッと返した。
彼女は会社の行事には、極力参加しないタイプだった。
何よりもプライベート優先なのだ。
「てゆーか、あんたさ」
笑みを浮かべながら莉々亜が言う。
「こないだの会議でまた上に逆らったんだって」
「あたしはただ正論を言っただけだよ」
「いやさ、正論を言うのはいいんだけど。ほら、あんたって表情ないじゃん。無表情じゃん。だから上の連中が影で“鉄の女”って言ってて超ウケた!」
「あたしはサッチャーか……。どうせならミカサとか言ってほしい」
「いや、あんたはどうみてもリヴァイじゃん」
「男じゃねぇか……」
比奈がボソッと言った
それを聞いた莉々亜が笑っていると、比奈のスマートフォンに電話がかかって来る。
「やっほ~比奈くん!! おっはよう!!!」
かけてきたのは、この第三事業部の部長、緑川薫。
手足が長く、背の高い彼は、もう30前半だというのに、顔に少年ぽさが残る比奈の上司だ。
「ああ緑川さん、おはようございます。正直、朝からそのテンションで来られるとしんどいんですけど」
比奈が冷たく言うと、横で莉々亜がさらに笑う。
厳しい言葉を浴びせられても、怯まない緑川は、そのテンションのまま要件を告げた。
電話を切った比奈は、デスクから立ち上がる。
「あれ? 来て早々に外なの?」
「なんか物件のオーナーから対応してくれって連絡があったみたい」
「他の男連中は?」
「柊さん、菊間さん、南雲くんは別件で忙しいからってさ」
「大丈夫なの? 比奈1人で」
「浦和に草薙さんが応援で来てるから合流してって。だから心配いらないよ」
「送って来っか? いま超ヒマだし」
「いいよ、浦和ならここからバスでもそんな時間かからないから」
比奈はそういうと、デスクの上に置いてあったブラックコーヒーを飲み干して、その空の容器を莉々亜へ渡す。
莉々亜は怪訝な顔をして言う。
「……なにこれ?」
「この部屋、ゴミ箱ないから捨てといて」
比奈はそういうと、物凄い速度で部屋から消えていく。
さっきまでの鈍い動きが嘘のようだ。
「ちょっと比奈っ!!」
廊下に飛び出した比奈は、エレベーターを使わずに、階段で降りて、そのまま会社を出て行った。
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