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File No.002
浦和駅に到着した比奈は、待ち合わせの相手を探していた。
駅にはスーツ姿の男性たちが目立つが、きっとこれから出社なのだろう。
……フレックスタイムってやつかな。
それにしても人多すぎ。
平日の昼間にしては混雑していて、待ち合わせ相手は見つかりにくそうだ。
……探すより、かけた方が早いか。
比奈は、ジャケットのポケットからスマートフォンを出そうとすると――。
「よう、久しぶりだな比奈」
「いま電話するとこでしたよ」
現れた男性は草薙明彦。
年齢 58歳。
白髪交じりの頭髪に、皺だらけの顔している。
年齢からくるものなのか、すべての動作に余裕がある大きな体をした男性。
比奈や莉々亜が勤務する、白井不動産で入社28年目のベテラン。
今は新宿支社の所属だ。
どうも今日は本社に用事があったらしく、ついでにと緑川に頼まれ、比奈と同行することになった。
比奈と草薙は顔を合わすと、すぐに歩き始め、車へと向かった。
駐車場にはレガシィが置いてあり、草薙が比奈に車の鍵を投げ渡すと、二人は乗り込む。
「これ草薙さんのですか?」
「いや借りもんだ。それよりいいのか運転任せて」
「わざわざ応援に来てもらってますからね、これぐらいは。それより新宿はどうです?」
「ようやくって感じだな。返済プログラム……。まあ荒川なんかは躍起になってるよ。それとな、真奈美が会いたがってたぞ」
「いや、毎日ビデオ通話が来るんで、そう言われても……。東堂に電話される巻島の気持ちがわかりましたよ」
「東堂? 巻島?」
「まさか東巻を知らないんですか? 別にいいですけど」
首を傾げる草薙。
それでも比奈は無表情のままだった。
二人はそのまま世間話をしながら、現場に向かった。
そして浦和市内にある、クライミングジムの前でレガシィを停める。
ジムの前には、ガタイのいい小男が立っていた。
このクライミングジムのオーナーだ。
二人は早速、詳しいことを訊く。
オーナーが言うに、今まさにこのクライミングジムの中に居座っている男がいるそうだ。
「金を払ったら出て行ってやると言っていて……」
力なくいうオーナー。
草薙は手を組んでから、右手を顎に当てた。
「『占有屋』か。バブルの頃はよく見たが、今もやってるとこじゃやってるんだな」
感心したような様子の草薙を置いて、比奈は建物内に向かおうとした。
それを草薙が止めると、比奈が言う。
「あたしがやりますよ。草薙さんは見ててください」
「おいおい、それじゃ緑川が俺を寄こした意味がねぇだろう」
そういって頭を掻く草薙。
ため息交じりでいうその姿は、年配の人が持つ特殊な優しさを感じさせた。
「心配し過ぎなんですよ、緑川さんは。あたしはもう一人で問題ないですから」
「はぁ~、そうかい」
そして二人はクライミングジム内に入って行った。
中には、まず受付があった。
それから辺りには、ボルタ壁7面と高さ7メートルのリード壁が3面あり、安全性を配慮してか、着地時に隙間に落ちないように継ぎ目のないワンピース構造のマットを敷いてある。
比奈が、壁を見ながらポツリと言う。
「真波くんは、こっちの山じゃダメなのかな」
「真奈美がどうかしたか?」
「草薙さん、あそこに人が」
よくわからないこと言った比奈に、草薙は質問したが、比奈に無視された。
二人は奥のベンチを見ると、一人の男が煙草を吸いながらこっちを見ている。
その男は、灰色のパーカーと下は短パン姿で、深くフードを被っているため顔はよく見えない。
フードを深く被った男が立ち上がって、二人へ近づいて来る。
「ようやく白井不動産に連絡したみたいだな」
男は笑いながら、そういうと二人の前で止まった。
そして煙草をマットの上にポイ捨てした。
ゴムの焦げたを嗅いで、比奈は不快感を覚える。
「まさか草薙のおっさんかよ。雑魚が来るだろうなと思ったら、こりゃ大物が来たもんだ」
男はそういうと被っていたフードを取った。
草薙は、その顔を見て言う。
「お前、弓田……か?」
「へへ、白髪と皺が随分増えたんじゃねぇの」
二人のやりとりを見て比奈が訊く。
「草薙さんのお知り合いですか?」
訊かれた草薙は、怪訝な顔をして言う。
「ああ、白井不動産を首になった奴だよ」
弓田は、草薙の言葉を聞いて口角を上げ、首を鳴らし始めた。
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