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File No.005
――午後18時15分
データ処理を終わらせた比奈は、会社の食堂に来ていた。
白井不動産の食堂は、会社の寮に住んでいる人間の食事や、残業で遅くなったものために午前5時から午後23時まで開いている。
寮に住んでいる比奈は、毎日ここで食事を取っていた。
ビーフカレーの乗ったトレイを持って、四人用の白くて丸い食堂のテーブルに置き、木目のあるデザインの椅子に座る比奈。
そしてテーブルの真ん中にあったアンケート用紙を五枚取って、そこに付いてあったボールペンで何やら書き始める。
「あんたそれ、まだ続けてんの?」
トレイに、サバの味噌煮定食を乗せて、莉々亜が現れる。
その顔は、少し呆れているようだった。
「うるさいな。莉々亜だって同じことしてたでしょ」
「あたしの願いは通ったも~ん」
莉々亜は、そういって比奈の正面に座った。
比奈が声のトーンを落として言う。
「うぅ、サバの味噌煮定食が通って、なんで牛スジ煮込み定食は通らないんだろう」
「いや、会社の食堂で牛スジなんて食べるのあんただけっしょ」
「巻島か」
比奈がボソッと言った。
比奈が書いていたのは、食堂の新メニュー案の募集用紙だ。
莉々亜が提案したサバの味噌煮定食は、新メニューとして食堂に出されたが、入社してから書き続けている比奈の牛スジ系の料理は、未だに新メニューにはなっていなかった。
それでも諦めない比奈は、一年経った日から、毎日五枚の用紙を提出している。
比奈が、用紙を書き終えて言う。
「丁度よかった、捕らえた弓田氏のことを聞きたいんだけど」
「どうしてあたしに訊くわけ?」
「莉々亜は、第一でしょ。取り調べ担当が千草さんだから、何か知ってるかなって思って」
千草とは、莉々亜が所属する第一事業部の部長、和久井千草のことだ。
和久井千草は、中学生の頃に現会長である黒崎桃太郎に拾われ、まだ三十歳だというのに会社の古株で重鎮。
そして、周りからは女帝として恐れられている人物だ。
「てゆーか、捕らえたって、捕まえたのは草薙さんでしょ?」
莉々亜は逆に質問した。
比奈は、ビーフカレーを口に入れ、モグモグしながら返す。
「いや、あれあたしだから」
それを聞いた莉々亜が、箸で掴んでいたサバを皿の上に落とした。
そして怒鳴るように驚く。
「居座っていた奴とやりあったの!?」
「それぐらい楽勝だよ。草薙さんなんかもう六十近いんだよ。あたしより、そっちの方がおかしいって」
「あの人は別。体の大きさも経験も常人とはちがうんだから」
そういって、落としたサバを口に運ぶ莉々亜。
サバを咀嚼し、飲み込んでから、比奈を睨みつけた。
「あんたはマネするなよ」
「心配性だな、莉々亜は」
そういうと、比奈の無表情が崩れ、クスッと笑みがこぼれた。
それから莉々亜は、取り調べのことを話し始めた。
千草の尋問でも、弓田は何も言わずに黙ったままで、そのまま黙秘を続けているそうだ。
比奈は思う。
……弓田は、草薙さんが来て喜んでいた。
だけど、草薙さんは管理職じゃない。
それでも雑魚ではなく大物って言い方は、会社の内情に明るい人間じゃないと出てこない言葉――。
弓田は、白井不動産を首になったって草薙さんは言っていたから、そこは繋がるんだけど……何か引っかかる。
「あとね。弓田の持っていた携帯に登録されていた人物が、全員元広島支社の人間だったみたい。でも広島支社って今ないんだよね? 弓田も首になる前は、広島支社で働いていたみたいだし別に変じゃないけどさ」
莉々亜は、そういってサバの最後の一切れを口に運んだ。
それから思い出したように言う。
「たしか比奈の叔父さんって、広島支社の支社長だったっけ? あんたの方がなんか知ってるじゃないの? 隠してないで教えなさいよ」
「莉々亜……いま訊いているのは、あたしなんだけど」
二人が話していると、莉々亜の後ろから突然顔が現れる。
「な~に話してんの? お二人さん」
「な、夏原っ!」
莉々亜が素っ頓狂な声をあげた。
夏原空牙――。
比奈や莉々亜とは同期入社で、二人と同じく今年で二十歳。
無造作な髪型で、まだ幼さを感じさせる、どこか可愛らしい男だ。
「もしかして捕らえた奴のこと? いまメシ取って来るから俺にも聞かせくれよ」
そういうと夏原は、トレイを取り、食券の引き換え場へ向かって行った。
驚いたのが悔しかったのか、口を尖らせている莉々亜。
「急に横から顔出すなんて、ビックリするじゃないの。食事中にやめろっての、もうっ」
そんな莉々亜を見て比奈は言う。
「莉々亜、顔が赤いよ」
そして続ける。
「あなたたち、仲いいよね」
「べ、別に。あいつはあんたと同じで同期だし。そ、そりゃまあ話くらいはするわよ。で、でも、そんなんじゃないんだからね!」
「ツンデレか」
比奈がボソッと言った。
そして夏原が戻って来る。
トレイには生姜焼き定食が乗っていた。
そして席に座ると、莉々亜は顔を真っ赤にして、食器を片付けて来ると言い、席を立った。
「なんかあった?」
とぼけた顔で訊く夏原。
比奈は、テーブルの上にあった紙ナフキンで口を拭きながら返す。
「あなたたちが仲がいいって言っただけだよ」
言われた夏原の頬が赤く染まっていく。
そして、急に慌てだした。
「べ、別に。あいつはお前と同じで同期なわけだし。そ、そりゃまあ話くらいはするよな。で、でも、そんなんじゃねぇよ!」
「お前もか」
比奈は呆れながらボソッと言った。
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