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言い知れぬ不安が、胃腑の底から喉を突き上げてくる。 クラウドは意識して深く呼吸をすることで、気持ちを落ち着かせようとしていた。 ザク‥‥ザク‥‥ 歩を進めるごとに、宇宙服のブーツが堆積する砂埃の中へと沈む。 足の裏から伝わるその不安定な感触は、まるで新雪の上を歩くが如くだ。 「くそっ‥‥狭ぇな‥‥唯でさえ暗くて薄気味悪イってのに‥‥」 真っ暗な『室内』を慎重に前へと進みながら、先頭のサンダーが悪態をつく。 『通路』は異様なほどに狭く、ひと一人がやっと通れるほどだ。190センチ近い上背に広い肩幅を持つサンダーにすれば、前に進むだけでもストレスの溜まることだろう。 最後尾を歩くクラウドが、天井に向かってライトを振り上げる。 「‥‥上は、高いね」 独り言のように呟く。 天井まで7~8mはあるだろうか。10代後半の男性としては小柄な部類に入るクラウドにとっては通路の横幅が狭い分、更に上が高く見える気がする。 「‥‥ちょっと! 貴重なライトなんだから、チャンと前を照らしておいてくれる?」 3人組の真ん中に陣取るチームの紅一点、レインが文句をつけた。 「‥‥一応、赤外線センサーに『熱反応』は出てないけども、何があっても不思議は無いんだからね?!」 レインの不満も分からなくはない。 唯でさえヘルメットのバイザーで視界は狭い。それに加えて、彼女はこの3名の中で最も小柄だから、先行するサンダーの陰で前方がうまく見えないのだ。不安が募るのも当然かも知れない。 「あっ‥‥ごめん、ごめん」 慌てて、クラウドがライトを水平に戻す。 「サンダー、あなたも! もっと早く歩きなさいよ!」 「‥‥出来るなら、そうしてるよ」 サンダーがため息混じりに返した。 「なぁ‥‥クラウド」 サンダーが足を止めた。 「天井に、照明器具みたいな物‥‥とかはありそうだったか?」 見通しの利かない周辺を、ライトで照らしながら尋ねる。 「ううん。何も見当たらない。それに、採光窓らしきものもないね。やはり、面倒だけどライトで照らしながら調べるしかないよ。‥‥『本来の利用者』達はこの暗がりで、どうやって此処を使っていたんだろうね」 再び、冷たく静まり返った周囲を照らしてまわる。石で構成されている壁面は隙間なく積み上げられており、光が侵入している形跡は無いように思えた。 「まったくよね‥‥そして、この『無数の本』‥‥」 レインが、まるで櫛の歯のように細かいピッチで立ち並ぶ『書棚』に眼を移す。 全ての『書棚』は足元から立ち上がり、高い天井の先端まで続いているようだ。そして、その全てにビッシリと『本』が並べられている。 それらの本は埃を被った表紙を表に、静かに整列していた。 「‥‥どうやって、あんな上まで本を並べたのかしら? それに、取り出すにしても簡単には近づけないようだし‥‥」 レインが辺りを見渡すが、梯子のようなものは見当たらなかった。 「さぁてね。もしかしたら、ターザンみたいに天井からロープでも下ろすんじゃないのか? ア~アァ~‥‥ってな具合にさ!」 ケッ!とサンダーが悪態をついた。 「まぁ、そんな事! もう少し真面目に考えたらどう?」 レインが文句をつけると、サンダーは『やれやれ』と言わんばかりに首を振った。 「‥‥『真面目に考えて』分かる世界かどうかも疑問だぜ? 何しろ此処は惑星『TRAPPIST(トラピスト)-1d』‥‥地球からは40光年の彼方だからな‥‥」 そう、此処は地球では無いのだ。 『ありとあらゆる人類の常識』が、此処で通用するのかどうか。 その答えは、誰にも分からなかった。
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