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出港
クラウド達が基地に到着して1週間後。
殺菌処理を終えた三人は、宇宙船が係留されているドッグまで専用車両で移動していた。
「おい、どうした? 何だかボゥとしてるようだがよ」
サンダーが、窓際に座るクラウドに声をかける。
「‥‥いや、そこに見えるドックにね‥‥あったんだよ、僕達が火星から脱出する時に使った第一世代型の無重力宇宙船『SB12』‥‥それが、ここに係留されていたんだよ」
懐かしそうにクラウドが車窓から眺める先には、主を失って空になっている古いドッグがあった。
アリゾナ砂漠のど真ん中に作られている宇宙船基地の周囲は、茫漠とした砂山と照りつける太陽の光に囲まれている。
それは時として砂漠という海に、基地ごとポッカリと浮かぶ船に乗ってるかのような錯覚すら覚えた。
「ふーん? オレが地球を出る時は何も気づかなかったけどな」
サンダーは特に感慨があるようではない。
「そっか‥‥ま、いいや」
クラウドが視線を前を移す、その先には。第三世代型と呼ばれる無重力宇宙船が、今や遅しと出船の時を待っている。
やがて、その船の横に移動車が横付けされた。
《クラウド、サンダー、レイン。では車から降りて、船に乗ってください。出船まであと30分です》
基地専属のAIであるリッカが、3人のヘッドセットにアナウンスを入れる。
「いくわよ、ふたりとも!」
レインが先行して係留ドックに降り立ち、ふたりを手招きする。
「やれやれ、レインは元気だな‥‥」
サンダーが、窮屈そうにしながら席を立つ。何しろ宇宙服を着たままでの移動だから、手足ひとつ動かすにしても容易ではないのだ。
「大丈夫?手を貸そうか?」
クラウドが手を差し伸べるが、サンダーは「大丈夫だ‥‥」と言いながらどうにかシートの間を抜けて外に出た。
「何してるの!? 早く行くわよ?」
レインが船のデッキに足を掛けながら二人を呼び込む。
「ああ、今いくよ」
クラウドが返事をしてデッキへと向かう。
宇宙船の乗務員に手伝ってもらいながら、三人はシートに身体を固定させ、出船の時刻を待つ。
今回の宇宙船『CH3』を操縦するパイロットが自分と同じ年頃の若い女性と知り、レインは「すごい、すごい」と興奮気味だ。
「スラスター、チェック」
「スラスター、No1からNo6までレディ」
「原子力タービン、チェック」
「原子力タービン、No2からNo5までクラッチ接続。発電量、最大になります」
三人の前方ではパイロットの女性と男性の航空機関士が、出船前のシークエンスを続けているのが見える。
「‥‥なぁ、クラウド」
サンダーが小声で話しかけてきた。
「何?」
「お前、知っているか? 惑星トラピスト-1dに‥‥『生命体が居る』って話よ‥‥それも微生物とか、そんな細かいヤツらじゃぁねぇ‥‥もっとデカい動物レベルのヤツらしいぜ‥‥」
宇宙服を着用していても、ヘッドセットと胸のパネルを操作して会話は出来る。
「せ‥‥生命体が!?」
なるべく、大声にならないように気をつけはするが。それでも『それ』は大きな驚きと言っていい。何しろそれが本当であるのなら、地球人類が初めて接する『地球外生命体』なのだから。
「ああ‥‥輸送船に乗ってると、色々と情報が入ってくるからよ‥‥上空からの光学観測で‥‥古代の恐竜か、デカいトカゲみたいな形の動物が地上をウロウロしているのを確認したって話だぜ‥‥」
チラリと横を伺うと、レインは女性パイロットの方を食い入るように見ていて、こっちには気がついていないようだった。
「それは凄いな‥‥しかし、だとすると『そのトカゲ』には高い知能があるんだろうか? 例えば‥‥人類と意思疎通が出来る、というか‥‥」
クラウドは、その想像に身震いを覚えた。
「さあな、それは知らん。だが‥‥」
サンダーが少しだけレインの方に視線を送る。
「レインの本職は、『異文化言語の解析』だからよ‥‥」
もしも、ブレイン・テラがレインを探索隊メンバーに選抜した理由が『それ』だとすれば。
「重粒子偏流加速器、速力上昇。 80%‥‥85%‥‥外装光化冷却開始」
ふたりの前では、出船シークエンスが最終段階を迎えている。
「‥‥船体荷重計、マイナス100%を表示。無重力状態に入りました」
航空機関士が、出船準備が完了した事を伝える。
「了解。クリスティアン=ホイヘンス級3番艦、定刻通りこれより出港します!」
女性パイロットが、凛とした声で船出を宣言する。
係留用の巨大なロックが解かれ、3人を乗せた船は大空へ‥‥そして、宇宙空間を目掛けて発進していった。
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