03矛盾の洪水
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03矛盾の洪水

 扉の向こうに広がる見慣れた公園。周りに人の気配は無い。両手に握った銃をそれぞれズボンのポケットにねじ込む。そのまま、上着を脱いで腰に巻きつけた。若干ダサさが気になるが、仕方が無い。  再び公園に目をやり、黒い輪の中から足を踏み出す。おれはめいっぱい空気を吸い込んだ。じわじわと汗が噴き出す気温と湿度。公園にある柱時計に目をやる。あちら側に三時間くらいはいた気がするが、時間はそれほど経っていないようだ。 「ゆーすけ?」  いつまでも閉じない黒に気付き、後ろへ振り向く。裕介は輪の向こうで眉を寄せ、ふうとため息をついた。 「うらきと一緒に居過ぎたら、また、矛盾を作っちゃうかもしれないから」 「……ああ」 「うん」  思うように会話が続かない。妙な間を感じつつ、互いに視線を泳がせた。裕介は扉を閉めようとしない。おれもなんとなく歩き出せずにいた。そういえば母に外出することを伝えてなかったな、と急に思い出す。 「なあ、ゆーすけ。信じれば矛盾だって本当になるんだってさ」 「え?」  夢見がちな母の、壮大な言葉を裕介にぶつける。突然のおれの呟きに裕介は疑問の色を見せた。おれは裕介に手を伸ばし、裕介の目を見つめた。 「このままじゃさ、ゆーすけのいない世界が本当みたいじゃんか」  裕介は何も答えない。逃げるように視線を横に滑らせ、そのまま俯いてしまった。 「矛盾が出来たらその分消せばいいだろ。だから、ゆーすけ」 「うらきを」  こらえていたのを搾り出すように、裕介が顔を上げて口を開いた。おれは内心驚きつつ、静かに裕介の次の言葉を待った。 「オレはうらきを死なせたくない。だけど一年前、結局守りきれなかった。死なずに済んだけど……もうあんな思いしたくない。だから」  思いつめ泣きそうな表情。安堵にも似たため息をつき、おれは裕介の片頬をつねった。 「う、いひゃい」 「バカだな、守られるだけの浦樹様じゃねえっつうの」  裕介の頬から離した手で、そのまま裕介の腕を掴んだ。その手を思いっきり引っ張る。裕介の身体が全てこちら側に移動した瞬間、黒い輪はすうっと閉じていった。、公園にはおれと裕介の二人だけがいる。 「死んでねえなら、どうにかなるだろ。ほら、行くぞ」 「……どこに」  虚ろな目を持ち上げ、裕介は首を傾げた。おれの銃とは違い、裕介の武器はこちら側に持ち出せない。大きさは確かにあるが、持ち出すだけならどうにか頑張れば出来そうなもんだ。しかし、それすらも出来ないらしい。もしかしたら、おれが箱を開けられなかったあの現象と同じなのかもしれない。 「とりあえず、おれんち来いよ。母さんはゆーすけのことわかってるみたいだったし、そこまで大事にはならないと思うぜ」  裕介は素直にうなずくと、おれの服の裾を掴んだ。それからじっとおれを見つめ、また首を横に傾けた。 「うらきの家、行くの初めてだ」 「そうだっけ? ここから十分もあれば着くからさ」  うっすらと笑う裕介に目をやり、家に向かって歩き始めた。二十歩ほど歩き、マンションの角に差し掛かる。マンションの植え込みにもたれるように、うずくまる人影が見えた。ぎょっとしながらも、その脇を通り過ぎる。目は向けなかった。その人影の正体が、立木だったからだ。 「うらき」  マンションから大分離れ、信号待ちをしている時だった。ここへ来るまで喋らなかった裕介がおもむろにおれを呼ぶ。どうした? と振り返ると、裕介は元来た道を見ていた。 「……大丈夫。どこも壊れてないよ」 「そっか」  だら、と汗が頬を伝う。それを手で拭いながら素っ気なく返事をし、青になった信号に目をやった。信号を渡りきり、住宅街に歩を進める。途中で隣に住んでるおばさんの買い物帰りに遭遇し、適当に頭を下げた。自宅に辿りつき、玄関扉の取っ手に手をかける。がんという衝撃が手に響く。扉は開かなかった。家にいたはずの母は、いつの間にか買い物に出かけたようだ。やれやれとポケットに手を突っ込み、鍵を取り出す。ようやく扉を開いてから、おれは少し離れた場所で立っていた裕介を手招いた。  裕介を自分の部屋に入れ、リビングに向かう。クーラーの効いたリビングのテーブルには 『潤君へ 買い物行って来ます☆ ママ』  ……というメモが残されていた。君付けするなと言っても止めないし、自分のことはママと言い続けるし、同級生の母親と比べるとお茶目すぎる気がする。メモはそのままに、おれは冷蔵庫からお茶の入った二リットルのペットボトルを取り出した。そして食器棚から適当なグラスを二個手に取り、ペットボトルの頭にかぶせる。それらを持ったまま自分の部屋に戻った。