02狭間への領域
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02狭間への領域

 家の中は外観どおり、絵本チックだった。座ってて、と促された椅子に座りながら周りを見渡す。まず目に付いたのは、ひらひらのレースがふんだんにあしらわれたカーテンやテーブルクロス。そして次に気になったのは部屋の隅にぎゅうぎゅうと積み上げられたぬいぐるみだった。 「な、なんかすっげえメルヘン。おれ浮いてない?」 「そうでも、ないよ。はい、紅茶」  全体的に茶と淡いピンクで統一され、家具はどれも丸っこい。出してもらった紅茶は、より一層この家のメルヘンさを演出していた。 「……これ、ゆーすけの趣味?」  口元にティーカップを近づけると、甘い香りがふわりと鼻に届いた。ふう、と息をかけてから口にすこし含んでみる。どうやらアップルティーみたいだ。 「ん、何のこと?」  半分くらいを飲んでからカップを下ろす。おれの向かいに座った裕介が片肘を付いてじっとこちらを見つめているのが見えた。おれと目が合っても微動だにしない裕介にどぎまぎしつつ、それとなく視線を逸らす。 「この家の、なんというかメルヘンな感じとか」 「嫌いじゃないけど……たぶんあいつの趣味かな」  裕介はむっと口を尖らせ、いかにもうんざりした様子でそっぽを向いた。もしかして触れちゃまずい話題だったのか。っていうかあいつって誰。もしかして、裕介は誰かと一緒にこんな所に住んでるのだろうか。だとしたら彼女? ああでも嫌そうな顔してるし。謎はますます深まるばかりだ。  それにしても何だろう、どうもこの家に来てから裕介の雰囲気が違うような。いや、おれの気のせいかもしれないけど。 「それよりもさ、うらき。何か思い出したりしてない?」  ふとティーカップの中身がぐらぐらと揺れる。少し驚いて顔を上げると、裕介がめいっぱい身を乗り出しておれの顔を覗き込んでいた。期待に満ちている目。しかし、おれには何の心当たりも無かった。 「い、いや……別に何も」  そっか、と裕介は肩を落として残念そうに目を伏せた。ああ罪悪感。 「ご、ごめんゆーすけ。でも、何も思い出せねーんだ。っていうか知らねえし」 「何でだろう……オレはきちんと戻ってくるのに」  呆れるでも憤るでもなく、裕介は考え込むように額に手を当てた。そのまま髪をかき上げ、頭を抱え込むようにして目を閉じた。 「戻るって、何が?」 「感情。……ごめんね、うらき。外にいた時、オレ素っ気無かったでしょ?」  はは、と苦く笑いながら裕介は顔を持ち上げた。そしてにこりとおれに笑いかける。その笑顔に、不思議とおれの頬も緩んだ。 「いいよ、別に。でも、何でだ?」  外の世界とは、ここでは無い世界――すなわち現実の世界のことだろう。そこでは感情が無くて、この場所では感情がある。正直何を言っているのかは理解しがたいが、現在その理解不能な場所に自分自身はいる。何があってもおかしくない。この世に絶対なんて無い、それは皆が知らないだけで、ありえないことなんて無い。そんな母の言葉が頭をよぎった。 「この世界で生きるために、あいつに感情を渡したから」  あいつ。その単語を言う度に裕介は複雑そうに顔を歪める。その表情を見て、おれの心も霧がかかったようにざわついた。もしかしたらこのもやもやの塊が、裕介の言う「おれの思い出していないこと」なのかもしれない。 「うらきは、記憶を」 「だから、思い出せないってことか。え、じゃあゆーすけにはどうして戻るんだ?」 「今は、この家に置いてあるからだよ」  まるで今までのおさらいをするように、優しくゆっくりとした口調で裕介が答える。裕介にとって当たり前のことでも、おれにとっては未知の領域でしかないのでありがたい。 「感情が?」 「そう。正確には、オレの感情を素材にしたものだけど」  裕介は椅子から立ち上がると、後ろにあった小さな箱をそっと開けた。ずるりと引きずるように裕介が取り出したのは、およそそこに入るはずのない大きさの物だった。