21人が本棚に入れています
本棚に追加
「さようなら、もうお目にかかりません」
玄関の、飴色のドアの前で立ち止まって女は言った。そして、こちらを振り返って少し笑った。冬の空のような笑みだと思った。
「でも、少しだけ、誰かのものになれて嬉しかったわ」
僕は、ただ馬鹿みたいに黙って女の目を見ていた。
気付いたら、僕は一人玄関に取り残されて、女の幻を見ていた。女がいつ出て行ったのか、気付かなかった。
「──まだ象が地球を支えていた頃に、あなたと逢って、暮らしたかった」
ようやく開いた僕の口から転がり出た言葉は、でも誰も聞く者が無い。玄関には、白々しい朝の光だけがきらきらと舞っている。嘘みたいな春の日の朝。
最初のコメントを投稿しよう!