新釈『晩年』より「葉」

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   「さようなら、もうお目にかかりません」  玄関の、飴色のドアの前で立ち止まって女は言った。そして、こちらを振り返って少し笑った。冬の空のような笑みだと思った。 「でも、少しだけ、誰かのものになれて嬉しかったわ」  僕は、ただ馬鹿みたいに黙って女の目を見ていた。  気付いたら、僕は一人玄関に取り残されて、女の幻を見ていた。女がいつ出て行ったのか、気付かなかった。 「──まだ象が地球を支えていた頃に、あなたと逢って、暮らしたかった」  ようやく開いた僕の口から転がり出た言葉は、でも誰も聞く者が無い。玄関には、白々しい朝の光だけがきらきらと舞っている。嘘みたいな春の日の朝。
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