お母さん、感謝します。ーー本当に

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 ――伊左名ミキは才女である。  齢二十八にて誰もが届かなかった境地に辿り着き、その成果を上げて、完成品を世界に披露してみせた。  学会にはこれ以上無く貢献したし、マスコミへの話題性も事欠かなかった。  だのに、だ。最終的に世間がミキに下した評価は、『犯罪者』。  学会から追放されて、マスコミからはバッシングの嵐、国際手配までされる身にまでなって・・・しかしミキはその現状を認めなかった。  ミキは己の有能さを信じていたし、己の正しさを知っていた。  だからこそ彼女は、あっさりと自分が生まれた時代を捨てたのだ。隠れ家の別荘にある地下室で、人知れずコールドスリープについた。    目覚めて今、周りを囲む人間達を見れば、・・・まあその無感動な目は少々引いてしまうものの、概ね態度は合格だった。  少なくとも、かつてのあの時代。眠りにつく前にミキの周りにいた無能共よりは幾分マシな思考があるらしい。  ミキは完璧主義者だ。完璧たる者の周りに在るのならば、その者達も完璧たらんとせねばならない。  伊左名ミキが眠りについたのは別荘の地下室であり、事実ポッドの配置は記憶のままであったが、いざ上の邸宅に戻ってみたらば内装どころか建物の造りそのものが一新されていた。  まるでお屋敷だ。最初に出たホールでは、クリーム色の壁に、毛足の長い絨毯、真ん中にでん、と鎮座している天鵞絨の階段。そこに取り付けられた手すりは鈍く金色に輝いていた。頭上にはまるでオペラハウスのような煌びやかなシャンデリアまで。  バトラーに案内されたのは、二階の一番奥にある部屋で、真っ先に目に入るのは天蓋付きの大きなベッド。  調度品は他にもマホガニーのデスクに、凝った彫刻が彫られたチェスト、アンティーク調の鏡台。透けるようなレースのカーテンがかかった窓の向こう、青々とした新緑の枝が顔を覗かせていた。  廊下側とは別に扉が二つ備え付けられていて、それぞれ浴室とウォークインクローゼットであるという。  ――ミキの唇の端が小さく痙攣した。  「こちらのお部屋をお使い下さい。また何かご用命がございましたら、何なりとお申し付けを。」  バトラーは白手袋の上に可愛らしい金色のベルを乗せて、それをミキに差し出した。  ミキがベルを受け取れば、優雅な一礼。またミキの唇がひくついた。  それでもバトラーが扉の向こうに姿を消せば・・・ついには絶えられなくってミキは笑う。大声で、思いっきり。  ああ、素晴らしきこの世界。素晴らしきこの時代。  伊左名ミキは、今こそ正しい世界を生きる事ができるのだ。楽しさのあまり、ミキは鏡台の前でスカートをひらめかせ、くるくる、くるくると部屋の中を回った。
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