壱 やばい物件

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 あの日は学校で俺達、新高校3年生に向けた進路説明会があった。まだ桜の花も落ちたばかりだというのにやたらと蒸し暑い日で講堂での3時間は相当に怠かった。生まれて17年と数か月。俺たちは将来のベクトルを定めて大学を選ばなければならない。将来の夢・・・なんてものがある奴はいい。でも、俺にそんなものはない。漠然とどこかの大学を出て、どこかの会社に入り、どこかの女と出会っていつか結婚して、子供や孫が生まれてやがてじじいになっていく。俺の見えている将来なんて今のところ、その程度のものだ。  「なぁ・・・(うる)お前大学決めてんの?」 マックのシェイク片手に学校帰りに寄り道した小さな公園のベンチで俺にそう声をかけたのは親友の高杉克馬(たかすぎかつま)だった。公園と言えば聞こえはいいが、ここはただ公園っぽくあるだけ。遊具は小さな鉄棒があるだけで、空き地と言った方がしっくり。入口にはでかでかと【ボール遊び禁止】の看板が掲げられている。公園でボール遊びができないのなら一体どこれやれというのか。両親の話だと、昔は公園に様々な遊具があったという。体操選手が使うような吊り輪や、4人乗りのブランコ、地球儀を模したような回転遊具に、砂場。今じゃ殆ど見ることはないし、俺が小さかったころにはそう言った遊具は既になかった。公園イコール砂場なんていうイメージは今や絵本の中のお約束の風景に過ぎない。実際の公園に砂場なんてものはほとんどない。危ないから、不衛生だからと、取り除かれた結果公園はボール遊びひとつできない空地へと変貌を遂げ、子供から体力を失いゲームへと向かわせた・・・というのは、中学の社会科の先生が暑苦しく語っていた受け売りだ。もかかもがずれている世の中で、俺達は今、歪んだ未来への一歩を選択しようとしている。   克馬とは小学校から一緒で、いわゆる幼馴染でまぁ、親友と言えばそうだ。俺は友達が多い方ではないけれど、克馬がいることで充分満足していた。小学校入学時のありふれた誓い。友達100人作る!が今ではどれだけ無意味なものかを俺は知っている。クラスで話したり笑いあったりする奴らはいても、おそらくそれは本当の友達ではない。本当の友達は、100人の友達もどきを簡単に飛び越えて俺を満足させてくれる。克馬は俺にとって、まさにそういう存在だ。付き合いが長いせいか、俺にとって克馬と一緒にいることはごく当たり前のことだった。家族とは違う。親友とはこの不確かな世の中で唯一俺の居場所をくれる不思議な存在だと俺は思う。 「いや・・・ってか、大学決めるどころか・・・学部もまだ・・・第一明日のことだってわからないのにどうやって来年の今を想像すればいいのか・・・」 「だよな・・・あぁ~ぁ・・・どうするよ?進路希望票さ。提出明後日だってさ。いいよなぁ、やりたいことがあるやつはさ」 俺も克馬もさして勉強ができるわけではない。これと言って特技があるわけでもない。類友・・・とは、よくいったものだ。俺達みたいなタイプの人間にとって、人生の岐路ってやつは本当に厄介だ。なんの指針も目標もないままに、方向だけを決めていかなければならないのだから。その先に何があるのかと怯えながら・・・。俺たちは公園のベンチにだらしなく座り、およそ世間の期待する”前途ある若者”とは程遠い目をして、ぼんやりと目の前の通りを行きかう車を眺めていた。 「なぁ・・・あの建物って・・・・あれだよなぁ?」 「あぁ? あぁ・・・そだな・・・」 俺達の視線の先。公園前の通りの向こう側にある3階建ての建物は、この辺りでずば抜けて”やばい”物件と呼ばれている。ネット検索でも一発ででるあたり、それはすでに地元の噂の域を軽く超えている。そこで殺人事件が起きたのはもう5年ほど前だ。どんな事情かはしらないが、1階の美容室のオーナーだった女が突然押し入った男に拳銃で撃たれたのだ。即死だった。一応東京の23区とはいえ、ぎりぎり東京であるまさに”東京の外れ”のこの街で拳銃を使った殺人事件は当時地元民の間でもかなりセンセーショナルな出来事だった。1階は店舗、2階3階はおそらく住まいの様になっているのだろうが、中階段で繋がっているらしいその建物は長いこと空き家だったのだが、つい最近どこぞの工務店が買い取ったという噂だった。噂通りにその建物にはすぐに『丸山工務店』の看板がかかった。それなのに・・・だ。その工務店は看板を取り付けただけで、結局開店することなくすぐにまた、『売り物件』の貼紙が建物に張られたのだ。一応殺人の起きた物件だ。何かあるのだろう・・・とは思ってはいたが、丸山工務店の出現によって『何かあるのだろう』は、『間違いなく、何かある』という確信にかわった。俺たちの視線の先にあるのは、まさにその物件なのである。  そして俺達の見ていたまさにその時、建物の前につけられたのは可愛い子ブタのマークでお馴染みの引っ越しセンター。そのすぐあとについてきたタクシーから降りた男に俺たちの目は釘付けになった。
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