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「あっぢぃー」
ガンガンと照りつける日と、地面からの照り返しで、ユリはどうしようもなく参っていた。
明日から夏休みだからと浮かれていたが、この最も日照りの強い時間に放課になることを完全に失念していた。
日傘は家の玄関に置き忘れてきた。制汗スプレーをいくらかけたところでその涼しさは一瞬だ。
あー、あっちい。
「あれ、ネコ」
ふと道の端に目を見遣ると、綺麗な三毛の猫が日陰で目を細めながらこちらを見ていた。暑さからか猫も伸びている。
「ほらー。可愛いねこちゃーん」
警戒させないようゆっくり近づいてみるも、逃げることなく高々としっぽを振るだけだ。
「あなたいい子ねー」
おそるおそる触ってみても、怒る様子はないようだった。ユリは安心して猫を撫で続ける。
「はーやっぱネコいいわぁー暑さも吹き飛ぶー」
いや、というかここ涼しいな。日陰だからか。あれ、いや、違うな。どこからか心地よい風が吹いてきている。
こんないいところ独り占めか。
こやつ、やるな。
「……ん?」
あれ、見間違いか?
もう一度確認してみる。
「……うっそ、あんた、三毛のオス?」
思わず三毛の目を見やると、返事をするようにミャーと鳴いた。
「まじか」
猫はまた一声ミャーと鳴くと、立ち上がり、どこかへと移動する気配を見せた。
「えっ、ちょっちょっちょっ、待ってくださいよ三毛さん!聞きたいことたくさんあるんですよ!いえ!お写真だけでも!」
三毛はそんなユリの言葉なと気にも留めていない風に、迷いなくどこかへ歩いていく。
ユリもまた貴重なオスの三毛猫を少しでも長く拝もうと、必死に着いて行った。
気がつけばユリは知らない裏路地へと移動していた。
「三毛さーん、どこ行くんですかー」
三毛はある建物の前で止まると、キャットドアを潜り抜けてその建物へ入ってしまった。
どうにも一般住宅ではなさそうな作りの建物だ。
路地裏に取って付けたように突如として現れた、西洋風の重厚そうなドア。
その横には表札ほどの小さな掛看板がある。
『喫想書専門 有間書房』
これが書店?
いやどうにもそうだとは思えない。この建物には窓も見当たらないし、ここは路地裏。周りは大きな建物の壁ばかりで、人も一日何人通るのか。
そして喫想書って何?オカルト系の本?
怪しすぎる。
だが!今はそんなこと言っている場合ではない。
この建物の中に三毛様がいらっしゃるのだ。しかもその建物が書店という看板を掲げている以上、入るだけならタダのはずだ。
ユリは決心するように深呼吸すると、その重厚なドアのノブに手をかけた。
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