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雪の日
人が人を好きになる気持ちと、人が人ならざるものを好きになる気持ちとは違いがあるのだろうか。
神社にある柊の木を美しいと思う気持ちと、あの柊様を美しいと思う気持ちに違いはあるんだろうか、なんて最近時々考える様になった。
バカみたいだと思う。
柊様の気まぐれで一緒にいる訳で、俺の気持ちはどうでもいいのにそんなこと考えても無駄なのだ。
そもそも気まぐれらしいってことすら本人から聞いた話ではないのだ。
だから、本当のところどんなつもりなのかは知らない。
まあ、どう考えてもそんなことをするなんて気まぐれ以外ありえないのだけど。
◆
「あの、柊様。」
静かに雪が降る夜の日だった。
毛玉にしか見えないであろう、その姿を持つ柊様に声をかける。
「外を一周散歩してこようと思いますがどうしますか?」
少し雪を見てみたかったというのと、何も考えたくなかったというのが半分半分の気持ちだ。
柊様は当たり前みたいに、コートを着た俺の肩に乗る。
それが嬉しいようで、少し切ない気持ちになってしまったのはいつ頃からだったかもう思い出せない。
外に出ると思ったより空気が冷たい。
吐く息は俺だけ白くてああこの人は俺と同じような生き物ではないのだと思い知らされるようだ。
雪はまだ積もってはいない。
ふわふわと振り続ける雪を眺めながら近所をゆっくりと歩いた。
もしかしたら、こんな何でもない風景は柊様にとってどうでもいいのかもしれない。
何も考えないために外に出たのにまだうじうじと考え続けてしまっている。
柊様が俺の首にすり寄る。
それがくすぐったくて思わず彼を見ると雪が当たってしまっていることに気が付く。
「あ、あの。ポケット入っててください。」
俺が言うと柊様は不思議そうにこちらを眺めた後、肩から地面に飛び降りる。
ジワリと柊様の輪郭がぼやけたと思うと彼は自分の足で歩き始める。
慌てて彼の横を並んで歩き始めるが、雪のなか歩く柊様の姿は正に神秘的で思わず見とれてしまう。
俺の歩みが遅かったのだろう。柊様が立ち止まってこちらを振り返る。
もう真っ暗なはずなのに柊様の周りだけはっきりとよく見える。
雪が柊様の髪や肩に落ちる。
美しいと思った。
自分でもよくわからないけれどその瞬間、柊様の瞳に見つめられて色々限界になってしまって思わず言葉が漏れた。
気持ちが漏れてしまったのだ。
「柊様、すきです。」
誰もいない夜の住宅街はキンと耳が痛くなりそうな位静まりかえっている。
言ってしまった後に自分が自分でもよくわかっていない気持ちを吐露してしまったことに気が付く。
柊様はふわりとほほ笑んだ後、俺の頬をそっと撫でた。
その笑顔は時々見せてくれる表情だということに気が付く。
その微笑んだ表情が好きだった。
だけど今はまるで静かにあしらわれている様な気分になる。
気まぐれなのだろう。多分きっとたまに誰かを選んでいるのだろう。
たまたま今回が俺だっただけで、偶然あの神社を訪れただけなのだ。
どうしようも無い気持ちになって思わず目頭が熱くなる。
もう一度頬を撫でられて、このままだと本気で泣いてしまいそうだった。
柊様は相変わらず微笑んでいる。
雪が、耳に、頬に当たってた。
柊様の、顔が近づいてくる。それをぼんやりと眺めてしまっていた所為で最初は何がおきているのか気が付かなかった。
柊様にキスをされていると気が付いたのは一旦柊様が顔を少し離して、俺の唇をぺろりと舐めた時だった。
「ひ、柊様!?」
思わず夜だということも忘れて、叫ぶように声を出してしまった。
相変わらず柊様は何も言わずに微笑んで、俺の髪を優しくなでただけだった。
だけど、今はそれで充分な気がした。
了
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