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日曜日の早朝、俺は近所の神社へと向かっていた。
空気は大分冷たくなっており、吐く息は若干白い。
もう間近に控えた大学受験の合格祈願のためにと思い立ったのだが、そもそも学業成就にこの神社でいいのかは分からなかった。
ただ、小さい頃から良く遊んでいた場所だし、七五三等もここへ来ていた。だから、神社と言われて一番に思い浮かぶ場所はここだった。
鳥居をくぐり境内に入ると、石畳の参道を社に向かって歩く。
太いご神木が生えており朝日を浴びて、とても神々しいと思った。
その時、なんと言ったらいいのであろう、空気が変わったと思った。
こんな感じがする事は生まれて初めてで状況が良くわからないが、確かに子どものころから良く遊びに来た神社であるのだが、俺が良く知っている場所とガラリと変わってしまったそんな感じがした。
まるで、透明な何かが神社全体を包み込んでいるようだ。
違和感の正体を探ろうとあたりを見回すと、先ほどまでふいていたはずの風が全くふいていない。
何だ、ただ単に風が止まっただけかと安心した瞬間、もう一つの違和感の正体に気が付いてしまったのだ。
音がしないのだ。
風が止まったからといって、無音になどなるはずが無い。
神社の前の道は普通に車も通るし、鳥だっているはずだ。
それなのに、何も音が聞こえない。
ザワリと鳥肌が立って、言い様の無い不安感に襲われる。
とにかく、とりあえず、一旦家に帰ろう。
心霊体験なのか?それとも別の何かなのか、とにかく良くわからない事が根源的な恐怖心を引きずり出している様で、ドクドクと心臓が音を立てる。
踵を返して帰ろうとした時、“それ”に気が付いた。
毛玉の様な塊が俺の肩に乗っていたのだ。
犬や猫ではない。全長15cm程とはいえ、何故今まで気が付かなかったのか。
茶色の毛の塊に真っ黒な眼だけが異様な生物かも良くわからない生き物が、今、俺の肩に乗っている。
この無音になってしまった異質な空間も相まって、恐怖が増大した。
本当に恐ろしいと思った時には声も出ないという事を今心の底から実感した。
全身が小刻みに震える。
走って家に帰りたいが、この肩に乗った謎の生物が家まで付いてきてしまうのは嫌だった。
はたき落して大丈夫なんだろうか。
恐怖心からか、ズルズルと一歩ずつ後ずさってしまった。
怖い、怖い……。何だよこれ、どうにかしてくれよ!!
心の中で叫んだ。
パキ、パキリ。
それは不思議な音だった。
何かが割れる様な音がしたかと思うと、一気に外の空気の様なものが自分の周りに流れ込んできた。
車のエンジン音、風で木が揺れる音、日常の音も戻ってきた。
だが、俺の肩に乗った毛玉だけはそのままだった。
この状況をどうするべきか悩んだが、この毛玉が何か等分かる訳もなく、もうどうにでもなれという気持ちではたき落そうと決断した時、慌てたように一人のおっさんが境内に入ってきた。
人が来た事でこの肩の上の毛玉にどういった態度を取ればいいのか分からなくなり、ギクリと固まる。
そもそもこれは俺以外にも見えているのだろうか。
おっさんは、俺を見るなり大きく目を見開いて駆け寄ってきた。
小太りな体で全速力で駆けよってくるのが分かった。
「君、その肩のお方は。」
このおっさんにも毛玉が見えているという事に、酷く安心した。
俺がおかしくなったから毛玉が見える訳で無いという事実が分かって、ほんの少しだけ恐怖感が薄れた気がした。
震えでおかしくなっていた手の先の感覚が少しだけ戻ってきた。
「あの、俺にも、なんか、あの、良くわかんないんですけど。」
気が付いたらそこにいた事をしどろもどろになりながら伝えた。
するとおっさんは、真剣な顔をした後
「兎に角、社殿に入ろう。
隣町に大きな神社があるのでそこの神主さんを呼ぶから。」
と言った。
「あの、やっぱり、コレ悪い物なんですか。」
後についてくるようにと言われおっさんに続くが、一番の不安がどうしても頭の中をグルグルしていて声に出した。
おっさんは勢いよく振りかえると
「そんな事は無い!!それだけは絶対に無いから!!」
と強く俺の心配を否定した。
悪いものではないのか?
目が合うと怖いのでなるべく見ない様にしていたその毛玉にそっと視線を移すと真っ黒な瞳と視線が合わさった。
すると、毛玉は猫がそうするようにすりすりと額を俺の首にこすりつけてきた。
何だか可愛いなと思った。
悪いものではないと聞いて、今まで恐ろしく思っていたものを可愛いと思ってしまうのはいささか現金だろうか。
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