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神社の中は思ったよりガランとしており、ご神体であろうか、祭壇がある以外何も置いていない。
「お父さんかお母さんに連絡取りたいんだけど、いいかな?」
おっさんに聞かれ、近所に住む森高だというとすぐに合点がいったようで、教えた番号に電話をかけ始めた。
まあ、地区の神社だから大体の人とは顔見知りのハズだ。
暫く待っていると、両親と神主と思われる人がほぼ同時に入って来た。
神主は、こちらを見ると酷く驚いた表情をしたが、その様子を両親は難しい顔をしたまま眺めていた。
この生き物(?)はそんなに珍しいのだろうか。
悪いものではないとのことだったので両親達が来るまでの間話しかけてみたりもしたが、返事は全く無かった。
温かくも冷たくも無く、重みも感じず、意志の疎通が出来るのかも怪しい。
「あの、息子がその柊様に、見初められたというのは本当でしょうか。」
戸惑ったように父が言った。
普段の明るい様子は微塵もなくただただ重苦しい。
だが、“柊様”という言葉は小さい頃から聞いた事があった。
この神社のご神木の事だ。
確か小学生の3年だったか、4年だったかその位の時にお祭りでクラスの女子が着物の様なものを来て踊っていた。
その子達はそれから1年ほど柊様の嫁になるのだと聞いた。
それにどのような意味があるのかは分からないが、祭りの形式として1年柊様の嫁として過ごすらしい。
実際の嫁の仕事は月に一度この神社に参拝をする事らしい。らしい、というのも実際に見た事は無いし、決まった日取りがあるらしいが、それを男にもらしてはいけないと言っていた。
という事はこの毛玉が柊様なのだろうか?女子もこれが見えていたという事か?
「柊様、なのか?」
肩の毛玉に訊ねるが、やはり返事は無い。
俺が毛玉に声をかけた瞬間、母がひゅっと息をのんだのが見えた。
「博一、そこに何かいるの?」
母はすがるように俺に聞いた。
ああ、母には見えていないのか。肩にいるこの毛玉はやはり普通の生物ではないのかと妙に納得した。
大きく息を吐いて、また吸って、深呼吸をしてから神主さんに尋ねる。
「柊様というのは秋祭りに舞を舞うあの柊様ですよね?」
「そうですね。」
30代であろうか、とても整った顔立ちをした神主は答えた。
「あの時の女の子と一緒で一年ほど、参拝をすれば良いということですか?」
「少し違います。あの祭事は勿論、嫁入りとしてやっていますが今回の貴方は柊様自身に選ばれた。」
「違う?」
「はい。そもそも祭事の嫁役の子達には柊様は見えていないんですよ。」
そうか、そうだよな。普通小さい女の子がこんなもの見たら泣くよな。
マジマジと柊様だという毛玉を見た。
「じゃあ、俺はどうなるんですか?そもそも俺男ですよ。」
悪いものじゃなくて、ご神木(?)だという事は分かったが俺はこの後一体どうなってしまうか。
まさか本当に嫁とやらになるんじゃないよな?
「柊様を手の上に下ろす事はできますか?」
「へ!?さっきから、話しかけているんですが答えてくれないので、どうやってやればいいのか分からないのですが。」
「お願いしてみてもらってもいいですか?」
自分の目の前で手をお椀の様にすると、肩の方に顔を向けて柊様に言った。
「手のところに来てもらっても良いですか?」
俺が言うと、するすると柊様は俺のての方へと降りてきた。
柊様は神主の方へ向いた。
すると、こしょこしょとでも言えば良いのか、とても言葉とは思えない発音で神主と会話を始めた。
それを、俺と両親とおっさんはただただ見ているしかなかった。
暫く会話をした後、神主さんは納得したように頷いた。
「柊様が仰るには、君の事をとても気に入ったという事だ。
ただ、危害を加えるつもりもないし、ただ一緒に居させて欲しいという事だ。
どうしても、君に大切な人が出来て柊様と共にいられないという時が来るまでという期限で、月に一度、正確には28日ですが、この場所に参拝に来る。それ以外には恋愛事以外、君の行動は制限しないとの事だ。」
神主さんがそう言うと、父が口を開いた。
「それは今断る事は出来ないのですか?」
「それは無理という事でした。
彼が柊様の嫁でいる限り、彼自身にも加護を与え続けるという事ですから……。」
むしろありがたく思えということか?
「恋愛は無理なのに、大切な人が出来たらって可笑しくないですか?」
別に今彼女はいないし、そもそも好きな人がいる訳でも無い。だが聞いておきたかった。
「好きな気持ち自体を抱くのは構いません。ただ、性的な接触はやめて欲しいという事ですね。」
「せ、い的……。」
毛玉なのにそんな知能があるのか、ある意味驚きだ。
というか、これは神様という事なのか。
「あの、俺4月から東京の大学に行こうと思ってるんですが。」
「参拝さえしてくれれば問題はありませんよ。」
「このけだ……、柊様?を敬ったりとかそういうのは。」
「対等な夫婦ですからご自由に。」
ニコリと神主さんは笑った。
毛玉と男を見て夫婦と断言できるあたりすごすぎる。
「ペットとかって思うんじゃじゃ駄目なんですか?」
だって、毛玉だし。
「柊様は本来は人に近いお姿をされていると言われています。
基本的には人の前に姿を現す時はその姿ですが。」
そうか、神様だからさすがにペット扱いはまずいのか。
「柊様?」
俺が声をかけると振り返り顔を上げた。
視線が合う。
ジッと俺の事を見つめるその瞳にしょうがないかという気分になった。
「俺が良いって言うまでで良いですか?
俺は今まで通りの生活をしますよ?友達と遊んだり馬鹿な事やったり、勉強したり。
それでも良いなら暫く一緒にいましょう。」
そう言うと柊様は嬉しそうに肩に乗って首に再度すりついてきた。
「父さん、母さん。ごめん変な事に巻き込んで。」
両親に頭を下げる。
そもそも朝神社に来なければこんな事にならなかったのだ。
両親は気にするなと言ってくれた。
「そう言えば、柊様と意志疎通する方法ってあるんですか?」
神主に聞くと
「神通力で会話は可能なハズですよ。」
と言った。何も話せないという訳ではなさそうなので意志疎通は追々何とかしていくしかない。
「それでは、ご両親にはもう少し話しがありますから。」
ニコリと笑いながら神主さんは言った。
まだ、何かあるのかと親子そろって体を固くしたが「大丈夫ですよ。」と神主さんは笑うだけだった。
「とりあえず君は帰って少し休んでください。」
酷く緊張を強いられた所為か、疲れてしまっている自覚はあるので素直にうなずく。
「あの、両親にで良いので連絡先だけ教えてもらっても良いですか?」
俺がそう言うと、勿論ですよと神主さんは笑った。
「じゃあ、俺の家に案内するよ。」
俺が言うと毛玉は頷く様に体を縦に一度振った。
了
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