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親父の葬式をする為に、3年ぶりに名古屋の実家に戻った。
兄のツトムと妹のエミも福岡と青森から戻って来て、
葬儀屋と葬儀の打ち合わせをした後、兄妹3人で親父の部屋を
軽く片付けることにした。
親父が愛用していた腕時計を見つけては懐かしみ、元気だった頃の
母親の写真にホロリとして、片付けはなかなか終わらなかった。
「ねえねえ、コレ覚えてる?」
エミが机の引き出しから小さな木槌を取り出して見せて来た。
「あー、覚えてる覚えてる。親父、まだ持ってたんだ」
兄が懐かしそうに目を細める。机の引き出しには小さな木槌が
5つ綺麗に並べられていた。
坂本家では謎の習慣があった。給料が出ると、親父が銀行から
全額おろしてきて、家族みんなで木槌でトントンお金を叩くのだ。
「サトルが学校の友達に喋ってバカにされたよな」
兄に言われて思い出したが、小学5年生の時にお金を叩く話をして
「オマエん家、変なの」
友達みんなに笑われて、泣きべそをかいて家に帰った。
「なんでお金を叩くの? 何か意味があるのコレ?」
両親にいくら聞いても「フフフ、お金が増えるおまじないだよ」
としか教えてもらえなかった。
「札束叩いたって別に増える訳じゃないのにな。あれって
何だったのか未だに判らないんだけど」
と言ったら、兄が「うーむ」と少し考えて
「多分だけどな……金箔と間違えてたんじゃないのかな?」
「えっ、金箔!?」
「金箔ってさ、金を叩いて薄~くして作るだろ。ひょっとして
お金を叩いたら増えるって誰かに嘘を教わって、そのまま
勘違いしてたのかも。ホラ、親父って結構オッチョコチョイ
だったからさ」
「えー、なんだそりゃ」
「お父さん、アホじゃん」
思わず僕もエミも苦笑いしてしまった。
その後葬儀会場で行われた葬儀が無事に終わり、
3人で集まった香典の金額を確認することになった。
銀行に勤める兄が慣れた手つきで札束を数え終わった時、
エミが親父の部屋から木槌を3つ持って来た。
「えへへ、久しぶりにやらない?」
「まったく意味無いけどね。まあ、良いか」
3人で親父の勘違いに付き合うのも供養の一つかな……。
そんな風に思いながら、トントンとみんなで叩き始める。
親父の遺影が3人をそっと見守っていた。
「おお、お金を木槌でトントン叩くヤツな。アレは祖父さんが
大黒天の打出の小槌にあやかってやり始めたのよ。大黒天って
財宝の神様だろ。キミらのお父さんも小さい頃楽しそうに
叩いとったよ。まあ、ずっと貧乏だったけどな。ガハハハハ」
坂本家の謎の正解をツヨシ伯父さんから教えて貰ったのは
それから一年経ってから。
今はようやく親父の気持ちが判る。アレは別にお金を増やすのが
目的だったんじゃない。家族みんなで何か一緒にやりたかったんだ。
子供達がトントン叩く姿を見て、「仕事頑張ろう」って心の中で
そっと呟いてたんだって。
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